渡辺保 「明石原人」は、今は伝説となった明石原人の化石を発掘した直良信夫とその妻の夫婦愛を描いた伝記劇である。 しかし表面的には伝記劇でありながら、そこにはもう一つの主題がある。その主題はアカデミズムの休制と一民間研究者にすぎない直良信夫との戦いである。国立大学の派閥は民間人の研究を認めようとしない。その背後には学者と皇国史観の政治体制との癒着がある。終幕、直良信夫は早稲田大学の谷崎精二によって文学部から博士号を与えられる。なんという皮肉な結果だろうか。 しかし小幡欣治の描く直良信夫には、明石原人は自分の心の中にある、自分の人生はこれでよかったのだという、哀しくもまた一種の達観があって、その心境が観客の胸を撃つ。彼は十分に体制と戦ったからである。この休制と個人の戦いは、現代の目本にも随所にある。明石原人は伝説になったとしても、この直艮信夫の戦いは伝説ではない。劇団民塾がそういう今日の社会へのメッセージを発信したのは、実に久しぶりといわなければならない。 丹野郁弓の演出がドライで爽やかで、このメッセージをうきぼりにした。日色ともゑ、南風洋子はじめ出演者もいい。ことに直良信夫を演じた千葉茂則が出色の出来であった。実力あふれる上出来。「テアトロ」2004年5月号より |