金沢市民劇場1989年鑑賞分のまとめ
金沢市民劇場賞アンケートの原稿より

●煮えきらない幽霊たち
なにかしまりがなかった。老人問題を取り上げていたが,今年の例会のなかでは「三婆」のほうが強烈だった。幽霊を取り上げたものでは昨年の「樋口一葉」の方がずっと奇麗で楽しかった。

●五重塔
ピシッと決まってスキがなかった。型にはまっているのだが新鮮だった。今後も前進座のものを観ていきたいという気になった。

●闇に咲く花
同時に上演された映画『私は貝になりたい』の方が感激した。テーマはタイムリーだったし,アンサンブルもよかったが,何か平板だった。それに記憶喪失のパターンも安易だ(最近多いような気がする)。

●夜の笑い
わからない劇だった。不気味さが残り,すっきりしたものがなかった。再演だそうだが,その意味がよく伝わらなかったようだ(それとも,時代が変わって伝わらなくなった,というハヤリスタリの問題か?)

●三婆
もっとドタバタしたものを予想していたが,今年観た中では主題がいちばんはっきりしていて,うわついた感じはなかった。やはり役者にそれぞれ個性があり,しっかりした芝居をしていたからだろう。

●砂の上のダンス
山田太一氏の舞台はいつも日本人の日常生活を描いていてテレビドラマのようだ。個人的にはあまり好きではない。「現代」というテーマには興味があるが,ストーリーのすすめかたに劇的なわくわくするものがなかった。

●炎の人
今年観た中でいちばん骨があった。最近こういうまじめに真正面から演じた劇をきたことがなかったので「オーソドックスな劇を観た」という実感がズシリと残った。確かに滝沢さんは年を取り過ぎていて,声に張りはなかったけど,その熱意はとてもよく伝わってきた(最前列でみたからかもしれない)。あれだけの演技はめったにみられるものではない。これだけで十分市民劇場賞に値すると思う。劇自体もごまかしたところがなく,真面目すぎるほど真面目で,ゴッホのやはり真面目すぎるほどの真面目さがとてもよく伝わってきた。「ああじゃないと駄目だ」という滝沢さんの自信が劇のところどころにあらわれていたようだ。長くて退屈したものを予想したが,その長さによってゴッホの人生が実感として伝わってきた。一人の人間を演じ切ったという点では今年の中でいちばんだった。それとこれまでの翻訳劇はセリフがどうもしっくりこないところがあったが,今回のは全く違和感がなかった。日本人的なゴッホだったということかもしれない。一言で言うと「滝沢=ゴッホ」という等号でこの劇は要約される。
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