花咲くチェリー

地人会(市民劇場176);92/06/20;金沢市文化ホール
ロバート・ボルト作;木村光一演出
北村和夫/川口敦子

●市民劇場で芝居を観ることの意義
まず、芝居自体の感想の前に機関誌の説明が不十分だと感じた。作者のボルトがどこの国の人なのか?この作品はいつどこの国で起こったことなのか?など必要最小限の情報が書いてなかった。『翼をください』の機関誌の最後のページにこの作品についての予告記事があったような気がするが、予告より簡単なのは不親切だと思う。

こういった予備知識なしに(良くいえば先入観無しに)この作品を観ることになったが、内容自体も予備知識を必要としないものだった。セットもそれほど洋風ではなかったし、貨幣の単位も「円」を使っていた。役名さえ変えれば現代の日本にもそのままあてはめるような内容だった。演出の意図もそこにあったと思う。

この作品は、サラリーマンの夢と現実の間の葛藤とその結果としての家族の崩壊を描いたものだが、このテーマはそのまま私たちの生活にあてはめることができる。大きなことばかり言っているが夢を実現するための思いきりを持つことのできない人間は、私たちのまわりにも大勢いる。そういう人間をこの作品では同情をもってではなく、冷たく突き放して描いていた。そのことは、幻想的な花咲くリンゴ園のシーンで結ぶのではなく、現実的な照明の中で全体を締めていることにもあらわれていた。

この作品は人間の生きがいとは何なのだろうか、ということを静かにではあるが、かなり残酷に問いかけてくれる。あと味がよい作品とはいえないが、夢を描くことばかりが芝居ではない、ということを教えてくれるという意味で芝居の見方が一つ広がったような気がする。市民劇場で芝居を観ることの意義とはこういうことなのかな、と事務局の方が喜ぶような感想を持った。
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