マンザナ,わが町

こまつ座(市民劇場194);95/05/27;野々市文化会館
井上ひさし作;鵜山仁演出
川口敦子/篠崎はるく/一柳みる/神保共子/松金よね子

●もう少しで傑作だった?
オウム事件のような強烈な現実を毎日見ていると日常とは全然別の世界に逃げたくなる。演劇をゆっくり観られるということは、市民劇場の会員にとってはあたり前のことだけれども、実はとても幸せなことなんだ、というようなことを考えながら会場に入った。

今回の劇は井上ひさし・こまつ座作品ということで、これまでの実績からして、面白くないわけはないと予想をしていた。その一方、最近の井上作品は素直に楽しめないような気もする、という予想もしていた。幸か不幸かこの2つの予想は当たった。

私の好きな井上作品は『きらめく星座』『雪やこんこん』『頭痛肩凝り樋口一葉』の3つだが(順番も大体この順。これらの作品を生で観られたのもすべて金沢市民劇場のおかげです。)、今回の『マンザナ・・・』にはこの3つの作品があわさったような性格があった。

まず登場人物が女性5人だけというのは『樋口一葉』とほとんど同じである。戦時中を舞台に音楽をからめて(変な踊りもからめて)庶民を扱うというのは『きらめく星座』と同じである。また、泥くさい芝居の舞台裏という点では『雪やこんこん』と共通する。全体をいくつかの部分に分け、それぞれの標題をスクリーンに映すというのは、どの作品にも共通する、おなじみの手法である。というわけで、これらの作品の好きな私にとっては、タンブルウィードを持って奇妙な生け花をしながら、登場人物の一人一人の性格が明らかになっていくような前半の展開は、とても魅力的だった。

にもかかわらず、二番目の予想が当たってしまったのは、最後の幕の劇中劇『マンザナ、わが町』のセリフのせいである。井上作品はセリフが多く、いつも結構理屈っぽいメッセージみたいなセリフが出てくるが、この最後の部分は、特に井上氏の主張がダイレクトに表れていて、非常にくどく感じた。基本的には『きらめく星座』の「人間は奇跡だ」というようなセリフと同じようなものなのだが、今回はどういうわけか、心に届かない気がした。『きらめく星座』を観た時から私が変わったせいだろうか?

とはいえ、いつも井上作品を観るとシナリオを読みたくなり、今回もシナリオを買ってしまった。それを読みながら、作品の構成を考えるとなかなかよく出来ていることがわかる。登場人物は、アメリカ派2名・日本派2名・スパイ1名で、この5人のエピソードを順番に扱った後、その5人を最後の幕でまとめるという構成になっている。こういうシンメトリカルな構成というのは劇に安定感が出てよい。登場人物もそれぞれ個性的で誰が主役ともいえない感じである。中では、浪曲師の歌う浪速節が最高だった。いろいろあるエピソードの中では、『おぼろ月夜』と浪曲がうまくからむあたりが大変よく出来ていた。セリフの受け渡しのテンポの良さもいつもながらの面白さだった。

というわけで、この作品は、笑わせながら考えさせるという大変井上ひさしらしい作品なのだが、私にとっては、最後のくどい主張がなければ(もっともこの部分をどう締めるかがポイントなのだが)もっと面白かったのに、という「惜しいな」というような印象の残る作品だった。どうせなら(ドラマの流れからしても)、みんなで練習した『マンザナ、わが町』を変な踊りつきで上演して、明るく楽しく終わった方が良かったのではないだろうか?
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