欲望という名の電車

エイコーン(市民劇場202);96/07/27;野々市文化会館
テネシー・ウィリアムズ作/加来英治演出
栗原小巻/伊藤孝雄/小笠原良知/郡山冬果/辻和子/星野元信/矢野和朗/吉岡太/田中茂弘/木村万里

●狂乱の場
イタリア・オペラのいくつかには「狂乱の場」という場面を持つものがある。プリマドンナのソプラノが悲劇の中で,取り乱したり発狂したりして,超高音のコロラトゥーラを聴かせ,オペラのクライマックスを形作る場面である。オペラの中でもいちばんオペラらしい場面である。今回の栗原さんの演じる『欲望という名の電車』を観て,この狂乱の場のことを思い出した。オペラと演劇という共に西洋で発達した舞台芸術に共通する悲劇の女性主役の演技の典型を観たような気がした。良く言えば大変熱のこもった見せる演技,悪く言えば大袈裟な演技ということである。この演技をどう感じるかによって好みと評価は分かれると思う。

私は,T・ウィリアムスの古典的でありながら現代的な悲劇にはこの演技は大変あっていた,と思った。これまで,市民劇場で観た栗原さんの演技は,熱がこもっているのはわかるが大袈裟過ぎて白ける,という印象ばかりだった。演技を観て疲れて肝心の物語を忘れてしまうということが多かった。実は,今回もそうなるかと思って,内心恐れていたが,少し違った。確かに,救いようのないような暗い終わり方や激しい口論の応酬など疲れる舞台ではあったが,それもここまで深刻になるとかえって舞台に浸れ,充実感が残った。そして,その結果,表面は明るいアメリカの裏にある暗さというテーマの深さも感じ取ることもできた。

今度の劇がいつもと違ったのは,栗原さんの演技が変わったというよりは,役柄がアルコール中毒気味の精神的に不安定な人物という前述の「狂乱の場」にふさわしいキャラクターだったからだと思う。映画のアカデミー主演男優・女優賞の中にこういった役柄の演技で受賞した人が比較的多い(本で調べてみると映画の『欲望...』のヴィヴィアン・リーもこの演技で受賞している)ということを聞いたことがあるが,そういう意味からいえば,こういう役柄は熱演すればそれだけ観客に訴えるという演技しやすい役柄ともいえる。とはいえ,今回の栗原さんの演技を悪く言う人は少ないと思う。

後は,前回の市民劇場の時の杉村さんとの比較がポイントになるが,残念ながら前回の印象はほとんど残っていない。ということは今回ほど熱のこもった演技ではなく,技で観せるような演技だったのではないかと思う。年齢的なことから考えても,今回の栗原さんのブランチの方が良かったと思う。

今回の作品は典型的な西洋演劇という感じの作品で,昨年の『とってもゴースト』『セイム・タイム...』などサービス精神のあふれるような作品を観てしまった後では,非常にとっつきにくく感じたが,あまり経験できないような「狂乱の場」に浸れ,演劇の典型を味わえたという点では私にはとても満足できた舞台だった。

PS.例会の直前のNHKのステージ・ドアという番組でこのドラマについて栗原さんが語っていらっしゃったのですが,こういうタイムリーが企画が毎回あるといいと思った。こういうプロモーションで盛り上げれば演劇を観たくなる人も増えると思った。
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