キッスだけでいいわ

青年劇場(市民劇場206)
97/04/03 野々市文化会館
高橋正国作;松波喬介演出
森三平太/後藤陽吉/小竹伊津子/杉本光弘/寺本佳世/広尾博/青木力弥/白木匡子/藤木久美子/白石康之

●古そうで古くない傑作喜劇
市民劇場で観た青年劇場の作品といえば黒柳徹子さんがゲスト出演した「喜劇キュリー夫人」、土地・農業問題を取り扱って評判の良かった「遺産らぷそでぃ」などが思い浮かぶ。いずれも地味だが意外に強く印象に残っている(「キュリー夫人」の方は黒柳さんが出たという印象だけですが)。今回の作品も、それら同様、各俳優の個性的な演技で強い印象を残した。「遺産らぷそでぃ」は評価が高かった記憶があるが(市民劇場賞?)、私はそれよりもずっと素晴らしいと思った。「遺産らぷそでぃ」は面白いことは面白いが、私には労働組合とかの勉強会で観るような説教臭い演劇に感じられ、十分楽しめなかった。今回の作品にもそういう側面はあったが、より純粋にドラマの面白さを楽しむことができた。

第一印象は、セットからしてNHKの「ドラマ新銀河」といったチープな雰囲気。人のよさそうな人物が次々と食堂に登場してくると今度は「居酒屋ゆうれい」といった雰囲気。「時代遅れのテレビドラマっぽい軽い作品か?」「期待どおりハズレか?」と警戒しながら観ているうちに、いつの間にか各人物が生き生きと動き出して、段々ドラマの展開に引き込まれてしまった。そのおかげで、外国人労働者問題という堅いテーマも十分に私たちの方に訴えてきた。

そのドラマの展開を支えたのが風流亭という場所とそれを守る老夫婦である。動かない中心があるからドラマに安定感が出た。映画「男はつらいよ」での「とらや」の役割である。そういう核がしっかりしているから、どれだけ役者が騒ごうが浮ついた感じにはならなかった。普通なら受けない下手な駄洒落が沢山出てきても、かえって、風流亭という場所にはふさわしい感じさえした。おいちゃん、おばちゃん、タコ社長、さくら、博といった人物がそれぞれ年季の入った演技でとら屋の安心感を出していたように、この作品の登場人物も同様の役割を見事に果たしていた。特に最後の最後に出てきた風流亭のおばちゃんの団子屋の演技とそれを取り囲むドタバタはまさに「男はつらいよ」出てきそうなエピソードだった。

脚本もよく出来ていた。特にタイトルとなっている「キッスだけでいいわ」というセリフがフィリピンからの手紙の中に出てきた時、「ああこれがタイトルか!納得」という背筋がゾくっとするような感覚を味わった。実は、ドラマに引き込まれていて作品のタイトルなど覚えてもいなかったので、感動の頂点でタイトルが浮かび上がるというのは実にうまいネーミングだと思った。

ドラマのメイン・テーマである外国人労働問題はもちろん印象に残ったが、私にはもう一つのテーマとも言える男女の労働に対する考え方というテーマの方が印象に残った。この作品では、仕事よりも力を抜いた生き方にこだわる男性と男性に負けまいとややむきになって仕事に打ち込む女性というカップルが登場する。言い換えると「女性的=仕事以外」な男性と「男性的=仕事」な女性という組み合わせである。この男性は「私もいろいろと差別されている」と言っていたが、仕事にこだわる女性だけでなく、仕事にこだわらない男性を登場させているところがすばらしい。私はこういう男性が増えない限り男女平等ということは意味がないと思っている。その辺を突いているところが新鮮で現代的に思えた。

今回の作品は、古臭い人情喜劇をベースに現代的な社会問題を提示したところに独特の魅力があった。普通は見る気のしない古臭くて安っぽい雰囲気やセリフがドラマを盛り上げていたのが非常に面白かった。これらはすべて演出家の意図を十分理解した役者の演技の確かさがあってのことである。

PS.東京に行く時はいつも池袋のサンシャイン周辺で宿泊するので(サンシャインに宿泊するのではありません。)、ドラマの背景になっている風景には見覚えがあります。本当にああいう風景です。おもわず懐かしくなりました。
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