カラマーゾフの兄弟

俳優座(市民劇場208)
97/07/23 金沢市文化ホール
ドストエフスキー原作;八木柊一郎脚本;千田是也演出
中野誠也/川口敦子/武正忠明/松野健一/森一/中寛三/鶉野樹里/袋正

●暗いことは大切:「カラマーゾフ」の現代的意義
「カラマーゾフ」という言葉を聞いただけで,魅力的!と思う反面(なんとも言えない神秘的で良い響きです。),難しそう!という先入観があったので今回は取りあえず人物関係だけは見落とさないようにしよう,と心に決めて作品に臨んだ。

しかし,幕が開いてみると,先の心配が杞憂だとわかった。あの長い小説をとてもうまくダイジェストしてあり,しかも,登場する人物のキャラクターがとてもわかりやすい。わかりやすすぎて長篇少女漫画を読んでいるような気にさえなった(これは誉め言葉です)。父親のフョードル,兄弟3人,そしてスメルジャコフとどの人物も見間違いようのない強い個性を放っていた(もちろんいちばん強烈なのはスメルジャコフ)。女性3人もそれらしかった。特に,グルーシェンカは雰囲気があった(カテリーナの方は年輩の女形が十代の町娘を演ずる,といった趣・・・)。

確かに神の有無の問題という大変深いテーマがあり,複雑な金の貸借や人間関係とあいまって話を重く,暗くしていたが,そのひしひしと迫る重さは私には快感だった。神戸の少年犯罪や頻発する通り魔事件に代表されるように今の世相は暗いはずなのに,現実は,それに目をつぶるかのように,明るいものばかりが評価されている。罪とか犯罪とか人間関係いったことに目を向けると世の中暗いことばかりのはずなのに,そういうことに悩み,ウエットな気分になることは重視されていない。人々の心の中にそういう闇はあるはずなのに「明るくふるまえ」という目に見えぬ脅迫があって,その捌け口がない。近頃そういうことばかり思っているので,テレビ(特に民放のバラエティ番組)をほとんど見る気になれない私には,今回のこの暗い作品は妙に波長があった。こういう時代だからこそ,今回の作品のような重さや暗さを味わうことが必要なのではないかと感じた。表面的でない,本当の「明るさ」は,そういう「暗さ」を知っていないと体得できないのではないかと思う。

そういう真面目な見方とは別に,前述の個性的なキャラクターとサスペンス・タッチのストーリーだけでも十分楽しむことができた。その辺はさすが俳優座である。

以上のように,今回の作品はあれこれ考えるきっかけを作ってくれた。そして,誰もが思ったことだろうが,原作を読みたくさせてくれた。そう思わせただけで,今回の作品は成功といえる。

PS.テレビが嫌いと言いながら言うのも恥ずかしいのですが,長山藍子さんの婚約者の武正さんが出演されていたというのは本当にタイムリーでしたね。

■最近出た演劇関係の本
観劇の感想とは直接関係ないのですが,最近公共図書館や書店の店頭でいくつかおもしろそうな演劇関係の本を見かけたのでご紹介します。
1.岡田芳郎著「観劇のバイブル」(太陽企画出版・一九九七年)
オペラ,演劇,バレエといった舞台芸術を鑑賞するときの実践的なマニュアル本。東京周辺の劇場についてやたらと具体的な記述があり(行ったことない人には関係ないと言えば関係ないのですが)参考になります。こういうものの金沢市民劇場版が出来ると面白いのではないでしょうか?

2.井上ひさし「演劇ノート」(白水ブックス)(白水社・一九九七年)
井上ひさしのほとんどすべての舞台作品についての自作のエッセイ集。「the座」というこまつ座の発行しているパンフレットに載ったものを中心に構成した感じです。各作品についての井上さんの意図がわかる上,年代順に並んでいるので井上さん自身の変化もわかります。市民劇場で上演された作品もかなりあります。ただ,作品のあらすじは全く載っていません。どうせならあらすじとか配役とかデータ的なもののも載せて完全なものにして欲しかったと思います。

3.井上ひさし編「演劇ってなんだろう」(筑摩書房・一九九七年)
こちらも「the座」に載ったものを集めたものです。こちらは井上ひさしさんを含めた演劇関係者の対談集です。演出とか制作とか劇場とか演劇を取り巻く世の中の環境とか,作品そのものについてというよりはもっと広い観点から書かれています。市民劇場で演劇を見続けている人にはきっと興味のある話題だと思います(図書館で流し読みしただけなのでよくはわかりませんが。)。

というわけで,よく読みもせずに,流し読みしただけで3冊ほど紹介しました。皆さんもお勧めの本があれば教えて下さい。
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