花よりタンゴ

こまつ座(市民劇場210)
97/12/01;文教会館■
井上ひさし作/栗山民也演出/宇野誠一郎音楽
小林勝也/久野綾希子/三浦リカ/土居裕子/弥生みつき/たかお鷹/田根楽子/朴勝哲/四本あや

●大道具を運んで観ると・・・
今回の例会は,運営サークルに当たっていたため,お客様の立場というよりは,演劇の作り手の立場を意識せざるを得なかった。会報係に当たったため,まず,脚本と公演パンフレット(The座)を流し読みし,この作品の時代背景と井上ひさしの作品の中でのこの作品の位置づけについて調べてみた。その結果,「花よりタンゴ」という作品は,@昭和庶民伝シリーズの一つにあたり,作者の得意分野であること,A特に「きらめく星座」との類似性が強いこと,B初演は,作者自身が演出したにも関わらず,例によって初演直前までバタバタとして成功とは言えなかったこと,Cかなりミュージカルっぽい作品であること,などがわかった。

この中で,「初演では作者の得意分野であるにも関わらず失敗した」ということが気になった。仕事を抜け出して,重いセットの搬入を手伝ったのに(膨大な荷物でした),面白くなかったらガッカリだ。作品紹介の文章を書いたのに期待ハズレだったら詐欺だ。などど作り手側の立場で心配した。しかし,その不安は無用だった。先の言葉で言えば,作者の得意分野だけあって,安心して観られる見事な作品になっていた。これぐらいの作品なら,セットを運んだのも良い思い出になったし,紹介文を書いたのも詐欺ではなかったと思う(むしろ,あの紹介文は「警戒」して書いただけに,何とつまらないものを書いてしまったのだろうか,と反省している。特に「あらすじ」は実際の作品を観た人でないと,期待を持たせるようには書けないと思った。)。

そういうわけで,この作品は,初演後かなり手直しされ,演出も出演者も一新されて,新作のような感じで今回の上演になったようである。どこがどう変わったのかはわからないが,リメイクがうまくいったことは間違いない。

この作品は井上ひさしの作品の中でも特に,ミュージカルっぽい作品である。久野綾稀子,土居裕子と本格的なミュージカル俳優を揃えて,どちらも適役だったことがまず良かった。特に土居さんは見事だった。素人っぽい歌い方から情感のこもった歌い方まで,澄んだ声で見事に歌い分けていた。とにかく聴かせる歌である。情がこもっているのに,演歌っぽくならないところが素晴らしい。気が強いのに傷つきやすい三女の役柄にもぴったりである。これは,今はなき音楽座ミュージカルにもつながる雰囲気である。久野さんの方は,歌については土居さんに大部分任せているような感じだったが,登場するだけで主役,という雰囲気があった。久野さんがいたからこそ,ドラマに核ができた。

テンポも非常に良かった。これだけ歌が登場すると,拍手を入れたくなるが,曲の終わりになると,新たな登場人物が背景から登場したりして拍手でドラマの流れが中断するのを巧みに防いでいた。「家ではこんなに上手に歌えるのに」といって最後を中断してしまった土居さんの歌など最後まで歌えば,拍手大喝采のはずなのに,それさえも許さないところにストーリーを重視する演出の意図が感じられた。

テンポの良さは,井上さんの得意とする数々のギャクの連続にも表れていた。不発弾ギャグ,DDTギャグなど素朴だがどれもうまくできていた。ギャグがストーリー展開上重要な役割を果たしているのも井上さんらしい。その他にも,停電,タバコ,塩,秋田音頭など細かい細工がうまく使われているのも流石である。特に,秋田音頭の替え歌で兄妹が停電の中で再開する場面は,バカバカしいのだが,非常に感動的だった(秋田音頭で泣けるというのは信じがたい。)。この場面は,モーツァルトの「魔笛」のパパゲーノとパパゲーナの二重唱の場面と雰囲気が良く似ていた。笑いと涙が一緒になるような温かい感動が伝わってきた。明るい雰囲気のこの作品だったが考えてみると,結果としてうまくいったのはこの兄妹の再会だけである。この場面の素晴らしさがドラマをぐっと引き立てていたと思う。

以上のように,登場する人物のどれもが面白いキャラクター役だった。それぞれの登場人物のキャラクターがはっきりしているので,ドラマがとても分かりやすかった。セリフの少ない,ピアニストや花売り娘にまで人生が感じられた。中でも面白い役は金太郎役である。あの軽薄さ,貫禄のなさは小林さんにぴったりである。悪い奴だが憎めないというキャラクターがこの作品の大きな魅力の一つになっていると思う。前述の,土居さん,久野さん,再会した兄妹役のたかおさん田根さんを含めてミス・キャストが全然なかった(脚本によるとこの兄妹は31歳と29歳ということだったのですが...そうは見えなかった)。

井上さんの作品によく出て来る「国とは・・・」「日本人とは・・・」というセリフが少なかったのも良かった。井上さんの作品は基本的にはエンテーテインメントが前面に出ているが,その奥にはいつも「国とは・・・」「日本人とは・・・」という意識が流れている。それは,言わなくてもあれだけじっくり執筆されていれば行間から自然に伝わってくる。今回の作品はその辺のバランスが良かった。これは,井上さん自身が演出しなかったことと関係があるのかもしれない。

今回の作品は,全般に非常に明るい雰囲気の作品だった。私自身全然実感はできないが,「東京ブギウギ」を聞く限りでは,この明るさは戦後直後の雰囲気とピッタリなのではないだろうか?ダンスホールは閉鎖,待っていた夫は死んでいたことがわかり,歌手のオーディションにも落選,みんなインフレの中で生きていくのに精いっぱいという暗い話のはずなのに不思議な明るさがある。世紀末と言われる現在の物質的には豊かだが非常に暗い世相とは対象的である。50年前の方が良かったとはもちろん言えないが,将来に向かって生きていく庶民の強さを感じさせてくれた今回の作品は,文明が進みすぎて将来が読めなくなった現代人にとっては一種のうらやましさのようなものさえ感じさせてくれた。

PS.
話を最初に戻すと,自分の運んだ道具の上で演技が行われるというのは感激モノです。いい汗もかけるし,お暇な方には,一度お勧めします。
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