さぶ

前進座(市民劇場212)
98/04/03 野々市文化会館
山本周五郎原作;田島栄脚色;十島英明演出
益城宏/嵐広也/今村文美/小林祥子/武井茂/小佐川源次郎/加藤逸毅/姉川新之輔/志村智雄/山本まなぶ/寺田昌樹/津田恵一

●『さぶ』は現代の試金石
「二百円の参加代でお茶とケーキが出ます」という宣伝文句につられ、例会に先立って行われた脚色の田島栄さんの講演会に参加してみた。そこで田島さんは『さぶ』で何を描こうとしているのかを誠実にかつ自信を持って説明された。「絶対お楽しみいただけます。前進座はお客様を裏切りません」という力強い言葉を聞いて今度は原作も読みたくなり、新潮文庫に収録されている原作を半分ほど読んでみた。「藤沢周平のような良い味だ(これは逆ですね)」と、ますます芝居に対する期待が膨らんだ。今回はそういう状態で舞台に臨んだ。こういう時は「期待しすぎてガッカリ」ということもよくあるが、そうではなかった。期待以上でも期待ハズレでもなく、イメージどおりだった。初めてみるのに、安心して観ることができた。

さわやかな演技。主役だけが目立ちすぎることのないアンサンブルの良さ。伝統美を感じさせるが古くはないしっかりとした舞台装置の美しさ。この辺はいつもながらの前進座の持ち味だが、実はすべて田島さんが講演の中でおっしゃっていたことだった。信念を持って作品を作る前進座のスタッフの自信を感じた。

同じ山本周五郎作品では、昨年能登演劇堂でロングラン上演されて話題になった無名塾の素晴らしい舞台とどうしても比較したくなる。どちらも素晴らしかったが多くの点で対照的だった。仲代さんという個性的な大スターを中心としたアンサンブル。派手に動く舞台。スケールの大きい立ち回り。こういったものは、今回の『さぶ』には皆無だった。皮肉なことに前進座の方が「無名」な役者が多かった。一方、江戸の庶民らしさや(ちょっと恥ずかしい言葉だが)青春というものを強く感じさせたのは前進座の方だった。どちらを取るかは好みの問題である。演劇に対して娯楽的な華やかさを求めたい時もあればじっくりと味わいたい時もある。同じ作家の作品を高い次元で比較できるのことは大変な贅沢である。

それにしても今回の作品は面白かった。 演技も良かったし、構成も良かったし、舞台も良かった。脚本・原作の良さはいうまでもない。

まず、和風の芝居ならではのセリフまわしが気持ち良かった。栄二の切れのよい口跡とさぶの「おら思うんだが」というモタモタしたセリフの対比の妙が中でも最高だった。「風に花の香が匂っているが、おまえにわかるか」といった思わずうなってしまうような良いセリフが次々と出てくるのも良かった。このセリフを言った岡安をはじめ登場人物のキャラクターも個性的だった。これらは原作の味を忠実に生かしたものである。

シャバ→人足寄場→シャバという古典的な三幕構成もまとまりが良かった。人足寄場の場面がかなり長かったが、ここでの社会の縮図ともいうべき人間関係がとても面白かった(これは原作をあらかじめ読んでいたせいかもしれないが)。与平老人の「もうシャバには出たくない」というようなセリフを聞くとスティーヴン・キング原作の映画『ショーシャンクの空に』を連想してしまった。意外な接点に不思議な気分にもなった。

舞台美術は、最初から最後まで美しかったが、冒頭の雨の中のおのぶとの出会いの場の鮮烈さが何といっても素晴らしかった。原作の冒頭も印象深いのだが、その雰囲気がとても良く出ていた。その後、『さぶ』と映画のような題字が出たのは強烈だった。次に登場人物の名前でも出てくるか?と苦笑しそうにもなった。

それと関連するが、全般に音楽の使い方が、一昔前のテレビのメロドラマ風だったのが気になった。幕切れなど「巨人の星」の音楽のような感じで、感覚の古さに、恥ずかしくなってしまった。パロディとしてではなく、真面目に古臭い音楽を使っているので、少々かわいそうになった(音楽は、いずみたくさんだったが、この人の音楽とは私はどうも相性が悪いようです)。芝居全体の雰囲気に相応しいといえば相応しいのだが・・・安易すぎる気がした。

この音楽の安易さを含めて「人と人の絆の大切さ」というテーマをストレートに伝えようとするのが演出の意図だったのかもしれない。殺伐とした現代だからこそ、こういう健全な作品を堂々と上演するのことの意味がある。世の中を斜めに見るような人間ばかりで、真っ直ぐに生きようとする人がかえって変に見られてしまう異常な社会に日本はなってしまったが、「『さぶ』を観て若い人が素直に感動するんですよ」という田島さんの言葉を思い出して、実は、こういう作品が今求められているのではないかと思った。『さぶ』を観て、何も思わない人間ばかりの社会になったら・・・と 思うとゾッとするが、まだそこまでは行っていないようで安心もした。大げさにいうと、『さぶ』は日本の将来を占う試金石のような作品といえるのかもしれない。
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