根岸庵律女

劇団民芸(市民劇場215)
98/10/01 野々市文化会館
小幡欣治作;小幡欣治,本間忠良演出
奈良岡朋子/披岸喜美子/小杉勇二/武藤謙治/樫山文枝/内田潤一郎/高橋征郎/里居正美/河野ひずか/塙恵介

●似た作品は続くもの
似た作品は続くものである。芸術家と苦労するその家族。どこかで観たことがあるな,と考えていたら,一つ前の「夏の盛りの蝉のように」と同じパターンだった。主人公の女性が家族の面倒を自分だけで背負い込んでしまうパターンは昨年の「君は今どこに」とも共通する。しかも,キャストにはいずれも奈良岡さんか大滝さんが絡んでいる。どうも,このところの市民劇場の例会には,新鮮味が少ない。

とはいえ,今回の「根岸庵律女」というタイトルからして渋さの極致のような作品を私はとても気に入った。全体の印象としては近来の例会の中でも特に地味な作品だったが,私はこの地味さが大変気に入った。恐らく途中で眠くなったという人もいただろうが,私は何故かほっとして劇に引き込まれてしまった。ゆっくりしたテンポ。抑えた会話。のんびりとして柔らかい四国の方言がいい味を出していた。観ていて疲れないのである。この「淡々とした日常」の演技は「君は今どこに」の前半でも感じたことなので,奈良岡さんをはじめとする民芸の得意なところなのかもしれない。芝居の前半は,どういう作品でも芝居の中に入っていくまで,しばらく我慢の時間が続くのが普通だが,この作品では,特に変わったことをしているわけでもないのに芝居の中の日常の世界にスッと入っていくことができた(余談になるが,細切れのテレビばかり観ている人は,この我慢ができないようである。市民劇場に入っていちばん良かったことは,ストーリーが動きだすまでの我慢ができるようになったことかもしれない)。

このことは,役者の演技力に負うところが大きい。子役にいたるまでミスキャストがなかった。奈良岡さんは毎年のように観ているので,観る前はいつも「またか」と思うのだが,観終わるといつもさすがだなと思う。今回もピンとした緊張感が自然に伝わる見事な演技だった。樫山さんは最初出てきた時,やけに若い役だな,と思ったがちゃんと老けた役で最後まで出てきたので安心(?)した。これらの2つの年齢を上手に演じ分けていたと思う。子規役の人もいい味を持っていた。前半ずっと軽く飄々と演じていただけに,死の直前の演技は見応えあった。律の養子の雅夫の最後の長いセリフも見事だった。このセリフがこの作品のポイントだったと思う。これぐらい心のこもったセリフならば,雅夫が俳句を捨てるという結論にも納得がいった。八重役のおばあさんは歌舞伎の世話物の脇役の雰囲気だった。こういう人はいるだけで雰囲気が出る。

子規が前半で亡くなってしまい,子規の伝記的なストーリーを予想していた私には少々意外な展開だったが,見終わってみると,子規の死後の律の生き方に重点があることが十分理解できた。病気に苦しむ子規を描いた前半部分を,コメディタッチも交えてかなりあっさりと処理していたのも,子規の物語にしたくなかったからだろう。地味な作品ながら,その辺の力の入れ方のバランスが巧く,ちゃんとラストにヤマが来ていた。舞台も全般に地味だったが,そのせいで二幕の冒頭の緑が非常に清々しく感じられた。いずれにしても無理に派手な効果を狙っていないのが非常に良かった。あっと驚くような鮮やかな作品を観て日常生活から離れたカタルシスを得るのも演劇の効用だが,時々はボーっとこういう渋い作品を見たくもなる。私も年を取ったかな,と感じた今回の作品だった。
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