愛が聞えます
青年劇場(市民劇場220)99/07/22
野々市文化会館
高橋正国作;松波喬介演出;福島明夫製作
北上信/伊藤かおる/海宝弘之/森三平太/重野恵/菅原修子/板倉哲/杉本光弘/吉村直/千賀拓夫/舟津基/小竹伊津子/湯本弘美/武智香織/大嶋恵子/海浩気/若林秀敏/福原美佳

●青年劇場には一目置いています
青年劇場の舞台には,いつも納得させられてしまう。身近ではあるが,すっきりとした正解を出せないような難しい問題ばかりをテーマとして取り上げる青年劇場の作品は観る前は「あまり観たくないな」と感じるのだが,観終るといつも良く出来ているなと納得してしまう。眠くなったことなど全然ない。それは,役者の演技がしっかりしているのに加え,脚本がとてもよく出来ているからだと思う。青年劇場は,観る人の好みを越えた一目置かざるを得ない劇団になったと思う。今回の作品もその通りだった。

今回の作品は身障者の恋愛ドラマということで,「さあ感動してください!」というペースで進むのではないだろうかと危惧したが,そういう心配は不必要だった。そう思う前に作品の構成がよく出来ていたのでセンチメンタルな気分に陥る暇もなかった(もちろんクライマックスは泣けましたが)。

この作品の場の構成は,大勢の人が登場する喫茶店「赤とんぼ」の場と狭い瞳の部屋の場が交互に出てくる形になっていた。その動と静の対比が見事だった。特に瞳の部屋の場でのBGMの入らない静かな世界の緊張感が素晴らしかった。瞳が一途にお茶を入れる場面が何度かあったが,そういう動作の一つ一つが緊張感を高め,作品全体を引き締めていた。

ドラマの展開も自然でありながらドラマチックだった。幕開き直後の赤とんぼの場では,人物が何人も何人も登場し,しかもその説明がなかったので全然人間関係がわからず,ただただ雰囲気に圧倒されてしまった。それが次の場で異人=健常者が紛れ込んでくることによって人間関係が明らかになり,ドラマも展開しはじめた。身内の人の会話だけで人間関係を観客に知らせようとすると,説明的なセリフになってしまい白けてしまうが,異人が入ることによって,そのことをうまく回避していた。理に適った展開だと思った。

もちろん,役者の演技自体も自然かつリアルだった。特に身障者役の方々の演技は素晴らしかった。相当研究と練習をされたのだと思う。もちろん聞きにくいセリフもあったが,出てくる音声自体はすべて聞き取りやすかった。このことは青年劇場の他作品にも言えることである。青年劇場の作品がわかりやすいのはセリフが聞きやすいこともその理由の一つだと思う。

最後にドラマのテーマであるが,「すべての人間には価値がある」という一言に要約できると思う。赤とんぼに集まる人たちはそのことを当然のことと思っていたが,異人である岩下は頭で理解するだけで,心の底からはそう思っていなかった。それが,最後の場で,瞳が知的障害者の人(すみません役名を忘れてしまいました)を夢中に助けようとする中で言葉を取り戻すのを見て「すべての人間には価値がある」ということを心の底から理解する。そして,自分のできる役割を静かに引き受けて幕となる。非常に良い幕切れだったと思う。

ただ,「仲人を引き受けること」がドラマのクライマックスになるというのは取って付けたようで少々弱いような気がした。後から考えると「仲人ってそんなに大切なのだろうか?」と無粋なことを思ってしまったが,そこに至るまでの展開は十分納得できたので「まあいいか」と許してしまった。

PS.
BGMとして時々マリンバの音が聞えてきたが,これを聞きながらエヴェリン・グレニーというマリンバ奏者のことを思い出した。彼女は耳が不自由にも関わらず世界的に活躍している演奏家だが,もしかしたらこのBGMは彼女の演奏を使っていたのかもしれません。どなたか真偽の程を教えてください。
PS.
先日,遺伝子操作技術についてのテレビ番組を観た。その中で「種が生き残っていくには多様性が必要である」という言葉が出てきた。病気を起こす遺伝子も人間という種全体の存続のためには必要不可欠であり,いろいろな人がいる状態こそが重要なのだ,という結論に「その通りだ」と納得した。今回の作品のテーマと非常に近いものがあります。
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