きらめく星座

こまつ座(市民劇場222)
99/12/6 金沢市文化ホール
井上ひさし作;木村光一演出;宇野誠一郎音楽
犬塚弘/岡まゆみ/高橋克実/郡山冬果/辻萬長/高橋長英/寺尾繁輝/朴勝哲/辻輝猛/岸槌隆至

●奇跡は奇跡だったのか?
この作品には特別な思い入れがある。私が金沢市民劇場で演劇を観続けるようになった原動力となった作品だからである。前回金沢で上演されたがの1985年。もう,14年も経ってしまった。その時の印象は,非常に強烈だった。市民劇場に入って2年目だった私は,こういう作品をずっと観られたら良いなという意識を心の中に潜在的に持つようになった。そして,他の人も同様に思ったようで,『きらめく星座』は第1回金沢市民劇場賞に選ばれた。そういう賞を設けるきっかけとなった作品だったのである。つまり,金沢市民劇場にとって一つの指標となる作品が『きらめく星座』である。

そういう作品の再演を観るのは複雑な気持ちである。その時の感動が薄れるのではないか,という気持ちともう一度観てみたいという気持ちが交錯する。実は,観終わった後もその気持ちが続いている。

結論からいうと,前回を越えていなかった。そして,前回感動できたのはキャストの力が大きかったのではないか,という印象さえ持った。井上ひさしさんの脚本自体は決して悪くはない。しかし,今回の再演を見終わって,『花よりタンゴ』と同じぐらい,『樋口一葉』『雪やこんこん』の方が上かも,という気がしてきたのである。今回の再演を見るまでは井上さんのナンバー・ワンは『きらめく星座』と決めていたので複雑な気持ちである。同じサークルの人から聞いた感想と私も同じことを感じたのであるが,セリフがかなり説教臭く感じられた。前回観た時は素直に感動し,素直に楽しんでいたのに...。私の人生経験によってが見方が変わったせいかもしれない。しかし,それはキャストが変わったということがいちばん大きい原因のような気がする。それほど前回のキャストは凄すぎた。調べてみると次のとおりである。

フジが夏木マリ,権藤が藤木孝,慶介さんがすまけい,源次郎になんと名古屋章である。声がでかくて癖のあるような役者ばかりである。岡まゆみさんも良かった。しかし,夏木マリさんの方が庶民の雰囲気を突き抜けた明るさと奔放さを持っていた。高橋長英さんも良かった。しかし,すまけいさんの東北弁の素朴さを残した宣伝文の方が感動的だった。辻萬長さんも良かった。しかし,何といっても名古屋章である。名前を聞いただけで怒鳴り声と手を床に叩きつける音がよみがえる。そして,権藤役である。やはり,この役は藤木孝さん以上の人は考えられない。しつこさと爽やかさが同居した独特の癖のある切れのよい発声。コメディのセンスも抜群。それに加えて前回も今回も,超自然体の犬塚さんのほっとする演技(バケツ体操の面白さは同様でしたが)。

前回は,こういう凄い人達が演じていたのである。説教臭さを考える余裕も無かった。藤木さんが大笑いさせ,名古屋さんが本気で怒り,すまけいさんがしんみりさせ,夏木さんが華麗に歌う,という物凄くダイナミックな舞台だった。今回は,すべての面でスケールが小さくなってしまった。

以上のことは,今回初めて観て感動した人にとっては,言ってはいけないことだったかもしれない。申し訳ありません。後向きのことを言っていても仕様がないので,今回,新たに感じたことを以下書いてみよう。

まず,最後の「青空」の素晴らしさである。実は,今年劇のラストに「青空」が流れるのは2回目である。もちろんそれは土居裕子さん主演によるタイトルも『青空』である。その時の感想の中で「明るさと悲しみの同居した雰囲気にしてほしかった」と書いたのだが,そのとおりの雰囲気がここにあったのである。私の潜在意識の中に『きらめく星座』のラストでの「青空」の印象が残っており『青空』の中での「青空」の歌唱に対して不満が残ったのだ,ということに今回気づいた。

もう一つ思ったことは,広告文案家は,井上さん自身の分身ではないか,ということである。みさおが腹を石で打とうとするシーン(このシーンも非現実的だという人もいました)の後,人間の素晴らしさをPRする宣伝文の名場面が出てくるのだが,これは,「演劇には人間を救う力がある」ということを訴えているような気がしてならない。劇の前半では,さんざん「役立たず」と言われている広告文案家が,いちばん良い場面で登場する。しかも,人間の命を救う。井上さん自身,演劇を作ることで,少しでも観客の心を動かして励ましたいと思っているのだろう。その思いをこの役に込めているようが気がする。

私自身,この作品を初めて観たときのような新鮮な気持ちではもう観られない。今回の再演を観た事によって,前回の舞台が「奇跡」だったということを認識する形になってしまったが,「人間は奇跡だ」という決め台詞が井上さんのセリフの中でも1番好きなものであるということには変わりない。「宇宙には四千億もの太陽が...」といわれると誰にも否定できない真実になる。このセリフは「星の動きのような堂々とした論理」に基づく名セリフだと思う。
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