どん底

無名塾(市民劇場223)
00/1/29
金沢市文化ホール
ゴーリキー原作;神西清訳;林清人演出
中山研/鈴木弥生/秋野悠美/菅原あき/早川純一/仲代達矢/高川裕也/長森雅人/山本圭/松崎謙二/鎌倉太郎/金子和

●「どん底」は奥が深過ぎて
「どん底」は,タイトルからして重く暗い。観る前は少々おっくうだったが(外は寒いし・・・),不朽の名作を一度見ておきたいという気持ちもあった。そういう相反する二つの気持ちを持ちながら,他の人が都合悪くなった分も含め二度も観てしまった。

その率直な印象は,「言いようの無い魅力はあるが,それを言葉にできないのがもどかしい」というものである。原作をじっくり読んで,重要なセリフの意味を考えた後,もう一度観てみたいという気がしてくる。そう思わせるところが古典と呼ばれる理由だろう。

今回の作品については,演技の迫力は認めても,退屈したという人も多かったと思う。1〜3幕までは若い二人と宿の主人夫妻を中心としたストーリーの流れがあったが,4幕では,これら全員が一気に舞台から消え,ドラマが進歩することなく,以前の状況に戻ってしまった。しかも,最後は自殺で幕。話の展開に爽快感がない。しかも,4幕のセリフは非常に重い。配役名はすべてややこしい名前で覚えにくいし,セットは埃っぽい。こういったことを全部,引き受けられる人でないとなかなか堪能できなかったのではないだろうか?

今回は,群像劇ということもあり,無名塾総出演という感じだった。2年前能登演劇堂で観た「いのちぼうにふろう物語」も群像劇だったが,その時に出ていた役者もたくさん参加していたようだ。今回は,特にナターシャとペーペルという若い二人が,ベテラン俳優の中で新鮮に浮かび上がっていた。ナターシャ役の金森さんは,声が太く,真剣味溢れる迫力があった。セリフのキレが悪いような気がしたが,すごく可能性のある人のように思えた。ペーペル役の佐藤さんも自分の部屋のドアを開けて登場しただけで,独自の雰囲気を醸し出していた。こういう魅力は学んでなかなか身に付けられるものではないと思う。それを取り囲む「役者」「男爵」といった登場人物もそれぞれ個性的だった。ボロボロの服装は,うまく着こなしているせいか,結構現代風に見えた。無名塾の役者は,舞台で鍛えた後,テレビや映画に出演するという人が多いが,将来,彼らの中から第二の役所広司のような俳優が出てくるのでは?というような期待を持った。

若者を取り囲むベテラン俳優も素晴らしかった。いつもながらの曲者ぶりを発揮していたルカ役の山本圭さんと宿の主人役の山本清さんは髪型も背丈も(そして山本という名前も)似たような感じで,境遇の違いを対比しているようだった。仲代さんは,1〜3幕は脇役に徹していたが4幕になって本領を発揮していた。ストーリーが捉えにくい分,最後のサーチンの重みのあるセリフはドラマを引き締める上でとても重要だったと思う。ワシリーサ役の小宮さんは,憎たらしい雰囲気を本当によく出していたが,発声法がかなり作為的な気がした。

舞台装置は,本当に見事だった。これだけ重厚なセットを観るのは久しぶりである。派手な色使いをする前の無名時代のゴッホの絵を観るような「どん底」の雰囲気がよく出ていた。最初から幕が開いており,すでに役者さんが暗い舞台の上でうごめいている,というのもすごかった。雪,埃なども見事に表現しており,汚いけれども美しかった。セットに高低差があるのも効果的だった。ワシリーサが高いところから登場するだけで憎らしさが表現されていた。

要所要所で出てきた挿入歌は原作に楽譜付きでついている曲のようである。ロシア民謡的な深々とした響きで雰囲気を盛り上げていた。

というわけで,今回の作品は,演技,セットの面では,非常に完成度の高い作品だった。恐らく,「楽しい劇」を好む人には,全く受け入れられなかったとは思うが,年に一回はこういう歯ごたえのある作品があっても良いと思う。こういう作品を観なくなったら一気に歯が衰えてしまって,安易な作品ばかりを好むようになってしまうような気がする。
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