ミュージカル ザ・キッチン

地人会(市民劇場226)
00/8/5 野々市町文化会館
アーノルド・ウェスカー原作・台本;デレック・バーンズ作曲;山口秀也音楽監督;木村光一訳演出
畠中洋/鈴木ほのか/壌晴彦/石富由美子/安崎求/Kuma/宮本聡之

●見事な「超」ミュージカル
「ザ・キッチン」は,滅多に見られないほど独創的な作品だった。このことについては,異論はないだろうが,その評価は,二分されると思う。私自身は,非常に楽しめたが,訳が分からないうちに終わった,と感じた人も多かったと思う。

その理由は,次の2点による。(1)ストーリーがはっきりしない,(2)音楽が複雑。通常の「楽しいミュージカル」を期待した人は,失望しただろうが,私は,それ以上に,「凄いものを見た」という実感を持った。

(1)は,群像モノには,よくあることである。今年見た無名塾の「どん底」もそうだった(全体の設定も「どん底」とかなり似ていると思った。)。特に前半は,次々新しい人物が登場し,その人間関係を断片的に見せていくだけで終わったような感じだった。後半は,「夢」のバレエシーンの後,ピーターとモニックの関係を中心に展開していき,前半よりは演劇的になったが,それでも,すっきりとした結末ではなかった。

にもかかわらず,私は納得できた。それは,(2)の音楽の力による。「活気はあるが取り留めが無い」という作品全体の雰囲気にピッタリの音楽だった。ミュージカルといえば,「甘く」「楽しい」のがお決まりだが,今回の音楽は,かなり複雑だった。もちろん,ギリシャの踊りであるとか懐古的な親しみやすい歌も含まれており,決して,難解な音楽ばかりではなかったのだが,通常のミュージカルの音楽を期待していた人は面食らったことだろう。まず,変拍子の曲が多かった。通常のミュージカルでは,手拍子をしたくなる曲が含まれるが,「ザ・キッチン」の曲は,2拍子と3拍子が合わさったような感じで,手拍子には向かない曲が多かった。リズムの躍動はあっても,心の中にはひっかかりが残るのである。

もう一つは,声部の絡み合いの複雑さである。この作品のポスターには,20名ほどの出演者名が50音順に書いてあったが,まさにそのような感じである。主旋律を主役が歌い,他の人がバックコーラスをつける,というのが通常のポピュラー音楽の作り方だが,この作品では,メロディーラインを際立たせるよりは,各役者が別々のメロディを歌うような感じの曲が多かった。それは,冒頭の合唱(「調理場のテーマ」という感じで,再三この曲は出てきたが,この曲も「どん底」の合唱と使い方が似ていると思った。)や1幕幕切れのランチタイムの合唱などで非常に効果的だった。声部の絡み合いから出てくる,空間の広がりと,音楽でしか表現できないような狂乱の雰囲気が素晴らしかった。

ただ,古典派のオペラのレチタティーヴォのように,音楽に乗せてセリフを言うのはかなり不自然ではあった。訳詞をオリジナルの音楽に乗せることの難しさが原因だと思うが,役者さんの中に本格的な歌手とはいえない人が含まれていたこともその原因の一つだと思う。その証拠に畠中洋さんや鈴木ほのかさんのような歌の上手い人の「セリフ」は,とてもうまく音楽に乗っていた。

その他,役者の動作も非常に独創的だった。特に面白かったのは,ウェイトレスたちの動きである。ああいう風に,クルクルと回りながら,皿を運ぶはずはないのだが,それがバレエを見るようなダイナミズムを生んでいた。その他の調理人たちの動きもすべて計算されているようで,調理場の活気,忙しさを見事に表現していた。調理場全体の雰囲気を,音楽のダイナミズムと動作のダイナミズムだけで表現することにより,抽象化され,洗練された美しいステージになっていた。日常的でありながら超日常的,リアルでありながらデフォルメされた言いようの無い魅力に溢れていた。忙しい日常に追われ,夢を忘れ,半狂乱になっている現代人の叫びとそういう個人とは関係なく無遠慮に動き続けている社会の非情さが見事に表現されていた。原作は,かなり有名な作品らしいが,このミュージカル化は大成功だったと思う。

ただ,あれだけ繁盛している店で働けるということは誇りに思っても良いような気もする。分業化された社会における疎外感を表現したかったのかもしれないが,料理人という職業は,さらに分業化の進んだ現在の社会においては,努力が目に見えて成果に反映する働き甲斐のある職業のようが気がする。これは原作の作られた時代とのギャップかもしれない。

というわけで,私は非常に楽しめたが,そうでない人がいても仕方がない作品だったと思う。このことは,個性的な作品の宿命である。残念ながら,私の鑑賞した日の冷めた反応を見る限りでは,市民劇場の会員の期待とはズレていたようである。拍手も,何となくとまどい気味だった。

この作品は,通常の演劇,ミュージカルの枠内で見るべき作品ではなかったのである。どちらかというと,クラシック音楽をベースにしたオペラまたはバレエとして楽しむべき作品だった。筋を追うことにこだわっていてはダメである。曲とダンスのダイナミックな動きを堪能すべき作品だった。恐らく,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の演奏会などで上演されていたとしたら(オリジナルは,5人だけの演奏ではなく,もう少し大編成らしいので,まさにOEK向けである),非常に盛り上がったのではないかと思う。何はともあれ,世界初演に挑戦した地人会の冒険的な試みには大きな拍手を送りたい。上演を重ねるうちに,きっと注目を集める作品に育っていくと思う。
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