セールスマンの死

公演ビラの写真 無名塾

00/9/2 能登演劇堂
アーサー・ミラー作;倉橋健訳
林清人演出;池辺晋一郎音楽
仲代達矢/小宮久美子/高川裕也/鈴木豊/松崎謙二/野崎海太郎/鈴木弥生/西山知佐
中山研/金子和



毎年恒例になりつつある無名塾の能登演劇堂の秋の公演に今年も出かけてきた。ロングランというほど長くはないが,それでも合計12回の公演が行われる。その初日の9月2日に「セールスマンの死」を観てきた。

まず,出の鮮烈さが強く印象に残った。真っ暗闇のステージにパッとスポットが当ると,そこに仲代さんが,力強く,しかし哀愁を帯びて立っていた。自己陶酔とダンディズムの溢れる格好良さは仲代さんならではである。家族のために,家のローンのために,強がりながらも合わない仕事をやり続ける。輝いていた息子は,親の偽善に気づき,それを理解できず,生き方を見失う。すべての歯車が自分の思う方と逆に回りだし,次第に精神的に追い詰められて行く。最後はタイトルどおりの結末。タイトルが「死」となっているから悲劇的な結末は読める。哀れなのだけれどもそれにひたひたと向かって行くのが快感だった。

この作品は,金沢市民劇場でも,10年以上前に観たことがあるが(その時はまだ私は学生で,滝沢修さんが主演だった),その時はこんなに面白い作品だとは思わなかった。名声,出世にとらわれ,子供に対して嘘をついていたことによる悲劇。しかし,それは一人のセールスマンを責めるべき問題ではなく,アメリカン・ドリームに対する疑念である。その悲劇性を,社会に出て働くようになったせいか非常に強く感じた。学生の時は子供の立場から観ていたと思うが,今は当然父親の立場から観ている。その辺も共感の度合いが違った理由かもしれない。

アメリカン・ドリームを単純に信じていた男の哀感を仲代さんは,自信たっぷりの演技で見せてくれた。先に述べたように堂々とした陶酔感があるため,非常に演技が決まっていた。この哀感は現代の日本の働く男たちにも通じるものである。作品自体も全然古くなっていないと思う。セリフまわしの方は何となく怪しい気がしたが,これは初日のせいかもしれない。各地を回っているうちにどんどんこなれてくるような気がする。他の俳優も無名塾のおなじみの方々で安心して見られた。ただ,長男役の人は役柄からすると,もう少し野性的で立派な体格の人が演じる方が良いような気はした。

セットもいつもながら素晴らしかった。まず,会場全体が真っ暗になるのがとても良い。一気に演劇に集中できる。舞台の転換もスムーズなので,レンガに囲まれて,狭苦しく暗い現在と明るく開放的な過去の対照も非常にわかりやすかった。以前,市民劇場で観た時はこの辺の対比がよくわからなかった記憶がある。

演劇が終わった後の暗い帰り道,ウィリー・ローマンのように事故を起こさぬように注意して車で金沢に向かった。たまたま,BGMとして持ってきたのがアストル・ピアソラの『タンゴ・ゼロ・アワー』というCDだった。これが,この作品の雰囲気とぴったりだった。ピアソラはアルゼンチン出身でニューヨークで活躍した作曲家兼バンドネオン奏者だが,その音は,都会の哀愁を感じさせる。アグレッシブで執拗なリズムの繰り返しの後に,急にセンチメンタルなメロディが出て来たりすると,まさに「セールスマンの死」での感情の起伏を思い出した。この作品を観る方は一度ピアソラとセットで楽しんでみられることをお薦めする(ピアソラの音楽は,最近,映画などでも,よく使われているので,ドラマを盛り上げる音楽の最右翼ともいえそうである)。

PS.
この日は初日だったせいか,音楽の池辺さん(N響アワーの司会でおなじみ)が会場にいらっしゃっていました。私のすぐ前の補助席に座っていらっしいました。公演後,会場にお客さんがほとんどいなくなった後,ステージ上では,乾杯のようなことをしていました。これも初日ならではだと思います。

■能登演劇堂の写真
今回は,中島町まで行って来たので,写真を数枚撮ってきました。
能登演劇堂の外観です。
能登中島演劇祭2000の看板が出ていました。この建物の右の方の丸くなっている部分は町立の図書館になっています。昨年までは出店があり,非常にローカルな山菜や牡蠣料理などを売っていたのですが,今年は,ロングランでなかったせいか,そういうお店はありませんでした。

演劇堂のロビーです。この日は金沢市民劇場の方々も団体で来られていました。その他にも金沢大学関係者も何人かいらっしゃったようです。
右手の方では,来年のロングラン公演「ウィンザーの陽気な女房たち」のチケットを早くも売り出していました。こちらの方は,「いのちぼうにふろう物語」に続いてのロングラン公演になります。こちらの方も期待したいと思います。

公演パンフレット表公演パンフレット裏今回の上演作品「セールスマンの死」は,仲代さんが満を持して取り組んだだけあって非常にふさわしい役柄だったと思います。無名塾25周年記念公演ということにもなっています。

このパンフレットの写真のとおり,非常に格好よく,哀愁が漂っています。こういうポーズを素人だと恥ずかしくてなかなかが取れませんが,プロがやるとバッチリ決まります。
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