すべて世は事も無し

加藤健一事務所
01/12/8能登演劇堂

作=ポール・オズボーン
訳=小田島恒志
演出=加藤 健一

山口果林,倉野章子,一柳みる,岡まゆみ,竹下明子,清水明彦,山本龍二,有福正志,加藤健一

「加藤健一事務所の演劇が2000円で観られる」ということで,中島町にある能登演劇堂まで出かけてきた。この作品は,加藤さんのお気に入りの作品で,演出も担当されていたが,その期待を裏切らない,誰もが楽しめる舞台に仕上がっていた。

この作品は,アメリカの田舎を舞台にした作品で,「若草物語」の四姉妹が老人になり,人情喜劇になったような(?)作品だった。人情喜劇といっても,ストーリーの展開が大変うまく出来ていて,日本的な湿っぽさがないのが特徴だった。ジーンと来るところもあるのだが,それを乗り越えて,見ているうちに元気が出てくる―というのは加藤健一事務所の作品に共通する特徴だと思う。初めのうちは「最後のオチはどうなるのだろう」と登場人物たちに感情移入して,心配しながら見ていたのだが,だんだん「きっとそうなるだろう」と予想がつき始め,最後には「やっぱりそうだった」と丸く収まり,とても後味が良かった。

この作品は,いわゆる「三一致の法則」に基づいて出来ていた。つまり,「同じ場所」「24時間内のできごと」「時間が前後しない,一つの筋」の作品である。こういう作品は,ありそうで意外に少ない。そのことによって,ガッチリとした「まとまり」と「見ごたえ」を作っていたと思う。平和な家族に新たな人物が1人加わり,混乱が起き,1人出ていかないといけなくなるが...という展開は,複雑そうにみえて,とてもわかりやすいストーリーだった。

各登場人物のキャラクターがとてもはっきりしていたのも楽しめた理由である。そういう人物をベテラン役者たちが,生き生きと,自ら楽しむかのように演じていた。特に四姉妹が,すべて個性的で,元気があった。2人暮らしを願う老女,子離れできない老女,自由になりたい老女,気は強いが実はナイーブな老女。ドラマの展開を動かしていたのはほとんど女性だった。特に,最後のクライマックスを作るアリー役の岡さんの演技がいちばんのポイントになっていたと思う。役の年齢より若い人が老人を演じることのメリットと楽しさが出ており,このキャスティングは成功だったと思う。不自然な感じがあったことは確かだが,「いろいろ楽しませる工夫をしてくれているなぁ」と演技自体を楽しむことができた。老人による追いかけっこのシーンなど,本当の老人俳優では実現できない面白さだろう。

男優の方は,ドラマの展開と背景を支える感じだったが,やはり,芸達者な人ばかりで演技を楽しむことができた。中ではデイヴィッド役の山本龍二さんが強いアクセントになっていた。この人が超然とした存在として登場していたので,ピリっとした緊張感が漂い,ドラマに奥行きが出ていたと思う。この方は,「見よ,飛行機が高く飛べるを」という青年座の作品でも観たことがあるが,その時同様,悪い人か良い人か一見判断できないような役柄にはピッタリだと思う。老人にしては,ちょっと声が良すぎるような気がしたけれども,強く印象に残った。

登場人物間の人間関係が,「老後の問題」「親ばなれ・子ばなれ」などの問題を抱えており,現代的視点から見ても古くないのも良かった。独身の息子の年齢が40歳という設定は,まさに現代的で,パラサイト・シングル,引きこもりといった現象とのつながりも何となく感じた。人生の終わりに近づいて自分の人生について振りかえりたくなる男性という設定にもリアリティがあった。そういう中で,加藤さんだけ意外に何もしてないな,という気がしたが,そういう加藤さんが真中にドーンといたからこそ,ドラマに落ち着きが出ていたのだと思う。
この日は加藤健一さんのサイン会も行われました。とても丁寧にサインをしていただきました。
タイトルからして,古き良きアメリカを描こうという意図が感じられ,美しいセットによってその雰囲気は十分に堪能できたが,それに加えて,上述のような現代的視点もあり,ただの人情喜劇に留まらない充実感があった。そういった,この作品の多様な側面が芸達者な役者さんの楽しい演技によって表現され,とてもバランスの良い作品になっていた。この作品は,加藤健一事務所の大切なレパートリーとして,加藤さんが本当の70代になるまで演じていったらきっと面白いだろうな,と思いながら,カーテンコールの拍手を送った。

(余談)実は,この前日,金沢駅前に9月にオープンしたばかりの石川県立音楽堂邦楽ホールでこの作品は上演されたのですが,忘年会シーズンということで行けませんでした(それで,わざわざ能登まで行ったのです)。この邦楽ホールは歌舞伎等を上演できるホールなのですが,そういうホール(=提灯がステージにぶら下がっているようなホール)でアメリカの作品を上演したら一体どういう感じになるのだろうか,と少々気になっています。見た方がいらっしゃいましたら雰囲気を教えて下さい。
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