ウィンザーの陽気な女房たち

無名塾
01/10/20能登演劇堂

原作=シェイクスピア;訳=小田島雄志;演出=林清人
音楽=池辺晋一郎;美術=妹尾河童

仲代達矢,山本圭,小宮久美子,山本清,野崎海太郎,松崎謙二,赤羽秀之,中原果南,中山研,鈴木弥生,嶋田奏子,金子和,神林茂典,平井真軌,本郷弦,滝藤賢一,岩田智行,川村進,樋口泰子,及川幸子,長尾奈奈,村上新悟,須賀力,渡部晶子,篠山美咲,前野仁見,村上有紀

無名塾が喜劇を上演するのはとても珍しいが,今回の『ウィンザーの陽気な女房たち』は,非常に見応えのある喜劇に仕上がっていた。軽妙な喜劇というのはよくあるが,これほどスケールが大きく,大らかな喜劇というのは,めったに観ることができない。重厚な雰囲気のある無名塾ならではの喜劇といえる。

喜劇は,悲劇以上に上質な作品に仕上げるのが難しい。しかも,翻訳もの...。しかも,古い作品...。しかも,シリアスな雰囲気のある劇団...と,観る前は,楽しませるのが難しい条件が重なっているように思えたが,終わってみると,会場は大いに盛り上がり,カーテンコールの拍手が続いた。悲劇以外のシェイクスピア作品はほとんど見たことがなかったのだが,今回,この上演を観て,「シェイクスピアはオールマイティだ。やはりすごい」と思った。

今回の上演が楽しめたのは,考えてみると,すべてが良かったからである。脚本,演技,美術―見応えのある作品となる条件が揃っていた。

脚本は,原作を一部改変していた。シェイクスピア作品は,登場人物が多くてややこしそうなので,あらかじめ小田島訳の脚本の前半だけを読んでおき,観た後に後半を読んだのだが,まず,冒頭いきなりフォルスタッフが登場するというシーンが原作にはなかった。フォルスタッフが馬(本物!)に乗って城に駆けつける最後のシーンもなかった。その分,中間の直接ストーリーには関係なさそうな部分が省略されていた。また,「第3の女性=未亡人」という原作にはない人物が登場していた。

これらは,すべて物語をわかりやすくしていた。恐らく,フォルスタッフやその手下たちが登場するもう一つの作品である『ヘンリー4世』の要素を作品全体に加えていたのだと思う。冒頭のシーンでは,いきなりフォルスタッフを登場させることでキャラクターを強く印象づけていたし,最後のシーンは,ドラマ全体の「ハッピー・エンド感」を盛り上げていた。仲代さんが馬に乗ると,白黒の黒澤映画などを思い浮かべてしまうが,このシーンには,まさにそういう娯楽時代劇の幕切れを観るようなさわやかさがあった。「第3の女性」の意図は,実はよくわからなかった。「フォルスタッフは実はもてる」ということを示したかったのかもしれない。そういう「補強」がなかったとしたら,フォルスタッフは,ただ仕返しをされるだけの良いところのない役になっていた可能性もある。

役者の演技の方は,毎回おなじみの無名塾の役者さんたちの演技ということで安心して観ることができた。同じ劇団を同じ場所で見続けることの良さは,何といっても役者の顔を覚え,そのことによって親近感が沸いてくることである。毎年,能登演劇堂に来ているような人は皆同じようなことを感じていると思う。

特に印象に残ったのは,やはり,仲代さんと山本圭さんである。この2人のやり取りの場は,名人芸の域に達している。仲代さんは,ほとんど着ぐるみを着て演技しているようなもので,自ら楽しんで演じていたように見えた。フォルスタッフが出てくるたびに小太鼓のBGMが鳴り,それに合わせて,かなり大げさな演技をしているのが妙におかしかったし,キマっていた。山本圭さんのフォードも,嫉妬深い男の滑稽さと哀れさを強調した演技で,それをお客さんと一緒に楽しんでいたようだった。「フォルスタッフ」を狂言に脚色した「法螺侍(ほらざむらい)」というが作品があるそうだが,単純な罠に単純に引っ掛かってしまい,同じようなことを何回も繰り返す2人のやりとりは,まさに狂言そのものだった。

全般に「オヤジギャク的」なセリフが多かったが,それがとても面白く感じられたのは,会場全体に「ゆったりと楽しもう」という大らかな雰囲気があったからである。そういう雰囲気が生まれていたのは,仲代さんを中心とした無名塾全体にコメディのセンスがあるからだろう。お客さんの方も,そういう無名塾を信頼し,非常に好意的に鑑賞していたと思う。これまで,無名塾の作品で喜劇を観たことはなかったのだが,時々,こういう大らかな喜劇を上演するのも新鮮味があって良い。

残念だったのは,私の座席はほとんど最後列だったため(しかも,オペラグラスを忘れてしまった),役者の表情がほとんどわからなかったことである。フォルスタッフの手下とか女性の役などはほとんど区別がつかなかった。その点,方言や癖のある言葉を話す,スレンダー,キーズ,エヴァンズといった人物は,マンガ的なまでにキャラクターが強調されており,とてもわかりやすかった。実は,最初は,こういった登場人物が沢山出てきて,しかも複雑に絡み合って一体どうなるのだろう,と思っていたのだが,最後には,全員がそれぞれの役割を果たしていたことがわかり,うまく出来ている話だな,と感じた。『ウィンザー』は,『ヘンリー4世』の中のキャラクターがたくさん出てきているが,これだけ登場人物が多いと,大河ドラマとか連続テレビ小説風に作り変えても楽しめるような気がした。この「複雑さ」も,この作品を見応えのある喜劇にしていた理由の一つだと思う。

セットは,とても美しい上にアイデアが凝らされていて,さすが妹尾河童さんだと思った(NHKの『ようこそ先輩』という番組で河童さんが舞台セット作りを小学生に教える授業を行っていたのだが,その時出てきたのが今回のセットでした。)。雰囲気のある美しくもリアルな背景の前に,軽やかに開いたり閉じたりする絵本のような家が次々と出てくるのがとても楽しかった。池辺晋一郎さんの音楽は,ちょっとテレビドラマ風なところがあって,少々違和感を感じたが,最後のカーテンコールでの盛り上がりを作っていたのは,実は,ノリの良い手拍子しやすい音楽だった。

それと何といっても,今回は能登演劇堂ならではの装置の素晴らしさが生きていた。もちろんラストでホリゾントの部分が開け放たれる場面のことである。『いのちぼうにふろう物語』の時にも感じたのだが,あれだけ奥行きのある舞台を通常の多目的ホールで観ることは不可能である。どこまでも続くような森の深さがよく出ていた。そこで妖精たちが,これまたどこまでも続くかのように,幻想的なダンスをしている。ラストでは,先に書いたように,フォルスタッフが本物の馬に乗って,ステージのいちばん奥まで走って行く。実際に遠くまで行って,本当に小さくなってしまうところがすごい。このラスト・シーンは,能登演劇堂以外では,実現できないような素晴らしさだった。中島町まで行くことは,結構大変なのだが,そういう場所で,「ここでないと観ることのできない」演劇を観るということは最高の贅沢である。

この贅沢な喜劇は,無名塾にとっても能登演劇堂にとっても,大きな財産になった。繰り返し上演しても,その評判を聞きつけて遠くから人がやってくるような作品―そういう素晴らしい魅力を持った作品だったと思う。

(余談)つい最近,NHKの衛星放送で,江守徹主演の『ウィンザーの陽気な女房たち』を放送していた。全部観ていないのだが,観客に360度囲まれた舞台で演じていたのが斬新だった。セットらしいセットはなく,お客さんと一体になったような雰囲気だった。これは意外にシェイクスピア時代の舞台に近いのかもしれない。脚本は,松岡和子さんのもので,小田島さん訳のものよりは,オヤジギャグが少ない感じだった。個人的には,今回の無名塾の公演の方が素晴らしいように思えたが,違った演出のものと比較してみるのも面白そうである。金沢市民劇場では,平幹二郎主演の『冬物語』を観たばかりなのだが,仲代,江守,平と日本を代表する男優たちが,シェイクスピアを次々と上演しているのが注目される。

(付録)今回買ったお土産
おみやげ ■今回は,『いのちぼうにふろう物語』以来のロングラン公演ということで,演劇堂の前にはお店が出ていました。せっかくなので,いくつかお土産を買って行きました。右の写真は,中島菜入りせんべいと中島菜入り麩饅頭です。饅頭の方は,風味を保つため冷凍して保存してあったようで,劇を観終わった後に受け取りました。どちらもおいしかったです。
てぬぐい ■『いのちぼうにふろう物語』の時も手ぬぐいがあったのですが,今回もありました。シェイクスピア作品の手ぬぐいというのも貴重なものかもしれません。こうやって見ると,山本圭さんと清さんは兄弟みたいな感じですね。その他,車で帰る直前に大判焼きを買いました。観終わった時には辺りはすっかり真っ暗で冷えていたので,こういう暖かいものは喜ばれると思います。私が買っていたら,呼び水になって次々と売れていたようでした。

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