冬物語

幹の会+リリックプロデュース(金沢市民劇場233)
01/10/5 野々市文化会館
シェイクスピア作;小田島雄志訳;平幹二朗演出
平幹二郎,前田美波里,麻野佳世,勝部演之,渕野俊太,大場泰正,松林登,後藤加代,深沢敦,西本裕行,坂本長利

●シェイクスピアはロマンス劇が最高?
『冬物語』は,シェイクスピアの作品の中では,あまり知られていないものに属するが,今回の平幹二郎さんを中心とした舞台は,ロマンス劇の魅力をダイレクトに伝える,非常に充実した内容だった。まず,誰にでも楽しめるシェイクスピアになっていた点が素晴らしかった。実は,この秋は能登演劇堂で無名塾の『ウィンザーの陽気な女房たち』も観たのだが,こちらの方も大変見ごたえのある喜劇になっていた。図らずも,悲劇以外のシェイクスピアを続けて見ることになり,シェイクスピアの多面的な面白さがわかったような気がする。全体のスケールの大きさでは,能登演劇堂の設備を駆使した「ウィンザー」の方が勝っていたが,ドラマの展開や役者の演技については,どちらが素晴らしいとは言い切れないほど,両者ともに持ち味が発揮されていた。これまで「シェイクスピアといえば,悲劇」というイメージしか持っていなかったのだが,この2作品を観て,「シェイクスピアは喜劇やロマンス劇の方が面白いのでは」という感想さえ持った。シェイクスピアの悲劇については,映画化なども含め,繰り返し上演されているので,新鮮味を出すのが難しいが(それで変な演出が多い?),ロマンス劇や喜劇については,それほど知られていない分,作品をわかりやすく表現するだけで楽しめる内容にできるのではないかという気もした。今回の平さんの演出も,その点にウェイトがあったと思う。

『冬物語』は,前半の「オセロ的な嫉妬」のもたらす悲劇と後半の「許しと癒し」との対比が見所である。今回の上演では,その変化が非常にうまく表現されていた。まず,舞台装置が簡素だったため,場の転換が非常に滑らかだった。その簡素さを照明の変化や布の色の変化などで補っていたが,その使い方がアイデアに富み,洗練されていた。後半の最初に登場した「時」(平さんの二役か?)の存在も効果的だった。時の流れを具体的に見せてしまう,というアイデアはシェイクスピアならではである。人間離れしたような大きな姿で登場してきて,雰囲気が一変したのも良かった(最初,屈んでいたのが「時です」といって立ちあがって大きくなったのにはびっくり)。そのセリフにも,含蓄があった。「どっこいしょ」というゆったりとした動きの中で,その後の展開を予言するのを聞いているうちに,すっかり時が移り変わった気分になった。その後,ボヘミアの場面が続くのだが,布を使って,一面の緑に一転させていたのも見事だった。

この「時」の登場を境に,ドラマが冬から春へと推移していく。前半は,古典的な悲劇のような冷たいムードが漂っていたが,前半最後に,羊飼い(=道化)が登場してくると,何となく明るさへの予感が出てきた。「時」が登場した後は,道化の他にオートリカスなどの個性的な人物が登場してきて,すっかり気分が変わった。エンディングは,実は荒唐無稽なのだが,それでいて感動的だった。結末は大体見えているにも関わらず,それを楽しんでしまおうという気分が段々盛り上がって来るのである。

そのように思わせてくれるのは,前述の「時」のセリフのように,シェイクスピアの長セリフを聞いているうちに,段々とドラマの流れに巻き込まれてしまうところがあるからである。それに加え,今回の上演については,役者の演技が皆素晴らしかった。何といっても平さんの演技が素晴らしかった。シチリア王になり切っていた。こんなに感情の起伏が激しく,コロコロと改心してしまう人など,現実的にはありえないのに,あまりに役に入り込んでいるため納得してしまった。セリフ回しなどは,かなり時代劇っぽい感じなのだが,それでいてしつこくなく,洗練されているのは,シェイクスピア劇を数多く演じている年季によるのだと思う。

相手役の前田さんの存在感も素晴らしかった。これまで,この方が登場する作品は,ビリー・ホリディやサロメなど1人芝居的なところが多かったが,今回は,重要な役柄だが出番が少なく,それこそ銅像のような象徴的な存在になっていた。その象徴というのは,「母」という存在を象徴するものだった。最後の母娘の再会の場が感動的になっていたのも,前田さんの体全体から母性のようなものが溢れていたからである。身長の高い方なので,娘を抱くシーンも非常に様になっていた。出番のない中間部に,ダンサーとして登場していたのも,演劇ならではの楽しいアイデアだった。

この後半のダンスシーンを初めてとして,ミュージカル的な楽しさもあった。「実は美声」だった羊飼いの歌のミスマッチ感覚も面白かったし,前半のポーリーナの情感に溢れる歌もすばらしかった。このミュージカル的な部分は,原作にはないものだが,派手過ぎなかったので,全体の雰囲気を壊すこともなく,違和感なく盛り込まれていた。道化やオートリカスの出てくる部分は,かなり日本的にアレンジされていたが,それでも,「シェイクスピア時代もきっとこうだったのだろうな」と思わせるような雰囲気が感じられて,十分楽しむことができた。その他,シンプルな舞台の中央にあった「水」とか,神託を読み上げる時の「傘」など何となく謎めいた演出も面白かった。

このように,古典的な悲劇,ミュージカル,道化,親子再会の感動のドラマといろいろな要素がいっぱい盛り込まれた作品だったが,それがごちゃごちゃしたものにならず,すべて「見応え」となって返ってきていたのは,平さん,前田さんとその脇を固める役者さんの演技が充実していたからである。このドラマは,よく考えて見るとポーリーナがすべての鍵を握っているようなところがあるが,その役を演じた後藤加代さんをはじめとして,特にベテラン俳優の演技が作品全体の安心感と暖かみを作っていたと思う。

一言で言うとこの作品は,非常に贅沢な作品だった。その贅沢さは,見た目のぜいたくさではなく,見た人の気持ちを豊かにしてくれるような贅沢さである。『冬物語』という名前は,聞いただけでロマンティックな気分にさせてくれるが(そういえば,同名のビールもありますね),今回の上演を見て,その言葉のイメージに,具体的な実体が加わった。今回の上演を観て,『冬物語』は,私にとってかえがけのない作品になったような気がする。

(余談)唯一,残念だったのは,最初の十分を見られなかったことです。実は,この日は渋滞に巻き込まれた上,フォルテの駐車場が満杯で開演時間に遅れてしまいました。この作品なら是非再演を見てみたいと思います。
inserted by FC2 system