リア王
幹の会+リリックプロデュース(金沢市民劇場 238)
2002/10/05 野々市町文化会館
作=W.シェイクスピア,訳=小田島雄志,演出=平幹二朗
平幹二朗,平岳大,渕野俊太,原康義,丹羽貞仁,廣田高志,荒川大三郎,烏畑洋人,茶花健太,藤木孝,勝部演之,坂本長利,西本裕行,新橋耐子,一色彩子,小林さやか,水戸野雅代

●今回もすごかった 平幹のシェイクスピア
平幹二朗主演のシェイクスピアといえば、昨年の金沢市民劇場賞を受賞した「冬物語」の印象が強いが、今回の「リア王」は、それに勝るとも劣らない印象的な舞台となった。「冬物語」の完成度があまりにも高かったので、「今回は・・・?」とそれほど期待せずに観始めたのだが、「今回もすごい!」とシェイクスピアのドラマのすごさを強く感じさせてくれた。

今回の「リア王」でまず良かったのは、キャストである。平さんのリア王は、昨年同様、「平幹節」炸裂の観客を酔わせる見事な演技だったが、それに加えて、悪役たちがすごかった。長女ゴネリル役の新橋耐子さんの態度の大きい"おばさんぶり"。次女リーガン役の一色彩子さんの"安っぽさ"。ゴネリルの夫・コーンウォール役の藤木孝さんの"いやらしいさ"。すべて、声に特徴がありキャラクターがとても分かりやすく表現されていた。悪役たちの「濃い演技」合戦は、非常に楽しめた。女優2人による人間の欲と欲のぶつかり合いの表現は、ワイドショー(?)を見るような下品な雰囲気があった。藤木さんの特徴のある粘り気のある美声?は、ずっと前に観た井上ひさしの「きらめく星座」の憲兵役を思い出し懐かしくなった。1幕切れで、リーガンがエビ反りになって、「ギャー」と狂気が爆発するような雰囲気もとてもインパクトがあった。その後、家族全体、国全体が狂乱していくことをうまく暗示していた。

それと、平さんの息子の岳大さん演ずるエドマンドの新鮮な色悪ぶりも、ベテラン悪役たちに劣るところがなかった。リアの娘たちが夢中になっていくのも納得できた。屈折した心理を持つ若々しさは、悪役ながらドラマの中でいちばんリアリティがあった。このドラマは、リア親子と家臣のグロスター伯親子の2家族を軸に展開する物語だが、それに加え、平親子の関係も加わり、非常に奥行きのある構成になっていた。

これらの悪役組に対して、善玉組も素晴らしかった。はじめは、大きな役だとは全然思えなかったエドガーが後半に向けてどんどん、芸達者ぶりを発揮し、最後に非常に立派になっていったのも面白かったし。忠臣ケント(こういう役柄は「冬物語」にもいましたね)、哀感漂うグロスター伯など、まさに脇を締める渋い演技だった。道化のセリフは、少々難解だったが、リアの凋落ぶりをうまく象徴していた。

いちばん末の娘コーディリアの出番は意外に少なかったが、裏切りの連続するドラマの中で唯一変わらない純粋さを持った人物としてとても印象的に残った。最初の財産分けのやり取りで「理屈っぽいことを言わず、もっと大人の答えをしていれば、こんな悲劇にならなかったのに」などと思ってしまったが、その辺は意識的にそう感じさせていたような気がした。コーディリアは最初の場面で眼鏡を掛けていたが、理屈っぽい若さを強調していたようだった。それにしても、「冬物語」にしても「リア王」にしてもシェイクスピアの王は何と誤解が多いことか。平さんが演じるとその「愚かな王」ぶりがとても納得できる。そして、最後の後悔がとても心に染みるものとなる。

今回の舞台は、前回の「冬物語」同様シンプルな舞台が効果的に使われていた。回り舞台上の舟の位置が変わることで、場面転換がシンプルに行なわれていた。大きなセットがなかったので、役者の演技だけに集中できた。最後にこの舟が棺になる辺りも効果的だった。「冬物語」は、ロマンス劇ということで暗→明への展開が見事だったが、暗いままの今回の舞台にも全然不満な点はなかった。
シナリオは、小田島さんの訳を少しカットして使っていたようだったが、そのことによって大変分かりやすい流れになっていたと思う。先にも書いたように、リアの親子とグロスターの親子関係が裏切りの連続の中で複雑に絡み合い、悲劇的な結末にまとまっていくという物語はシェイクスピアの演劇の中でも特によく出来ていると思った。そのシ面白さを堪能できた素晴らしい舞台だった。
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