赤ひげ
前進座(金沢市民劇場 237)
2002/07/29 金沢市文化ホール
原作=山本周五郎,脚色=田島栄,演出=十島英明
嵐圭史,高橋佑一郎,武井茂,益城宏,柳生啓介,高柳育子,妻倉和子,江林智施,丸山貴子,瀬川菊之丞,山崎竜之介
●原作に忠実な正統的「赤ひげ」
近年、日本映画や演劇の世界では山本周五郎原作の作品が大変多く上演されている。黒澤明遺稿による「雨あがる」「海は見ていた」、市川崑の「かあちゃん」。演劇では無名塾「いのちぼうにふろうものがたり」、民藝の「研師源六」(「柳橋物語」+「むかしも今も」)、そして、前進座の「さぶ」などがある。庶民の絆をテーマとすることの多い山本周五郎の世界は、日本人の心に強く訴える永遠の魅力を持っていると言えそうである。この山本周五郎作品を数多く上演してきたのが前進座である。今回の「赤ひげ」もその伝統を感じさせるオーソドックスな仕上がりとなっていた。前回、市民劇場で観た「さぶ」の時も感じたことだが、原作の味をとても良く生かしている。今回の「赤ひげ」では、主役の赤ひげがキラリと光るような独り言を言う場面が何度か出てくるが、原作もそういう感じだった(ただし、ビラに書いてあった「人間の本当の価値というものは...」というセリフは原作には無かったようである)。全体に原作に対する謙虚さが感じられ、押し付けがましいところが無いのが良い。

「赤ひげ」の原作は、「鬼平犯科帳」などと同じように、連作短編集のような構成を取っている。それぞれの短編は独立しても読めるが、各短編を読み進んで行くうちに、赤ひげと保本との絆が強くなり、その感化を受けて、保本が成長していく構成となっている。今回の舞台は、この短編と長編が合わさったような構成を非常に手際よくまとめていた。エピソードや人物を省略しながらも、療養所内や長屋での人間関係などが立体的に描かれていたのが見事だった。場面転換も非常にスムーズで、ストーリーの流れが途切れるところがなかった。

物語は、赤ひげと保本の絡みが中心となる。声のトーンも雰囲気も正反対だが、お互いにとても頑固という、原作のイメージがとても良く出ていた。嵐さんの赤ひげは、黒澤明の「赤ひげ」での三船敏郎と外観がとても似ていたが、関節技(?)が炸裂する後半での立ち回りなどでは、ちょっと歌舞伎の荒事を思わせるような大らかさとユーモアがあった。高橋さんの保本も、正直で直線的な雰囲気がよく出ていた。黒澤版では、若き日の加山雄三が演じているが、これを機会にこの映画と比較してみたくなった(注)。保本の衣装だが、舞台の前半と後半で違っていた。前半では、療養所の制服に反発していたのだが、後半では、赤ひげと同じお仕着せを着ていた。これは演劇ならではの楽しみである。幕間という時間をうまく利用した演出の技法だと思った。この衣装の変化は、保本の心境の変化をうまく表現し、観る方も「なるほど」と納得できた。

この物語では患者として登場する庶民の描き方もポイントとなる。名もないただの脇役かと思っていた人物が、前半最後の佐八の物語とか後半での長次の死など、それぞれに大きな盛り上がりを作っていた。患者の出てくるエピソードは、考えてみると医学の限界を示すものが多かったが、それだけに医者の苦悩が伝わってきた。途中、息抜き的に贅沢をして肥満になった武士のエピソードが出てきたが、この辺の反体制的な反骨精神も原作にあるものである。

舞台照明も見事だった。火事の場面は、非常に迫力があったし、狂女おゆみとの絡みの場も雰囲気が出ていた。舞台装置も、毎回のことながら、美しく素晴らしかったが、今回は舞台前面に照明関係の装置があり、客席前列だと舞台が非常に見辛かった(金沢市文化ホール特有のことだったのかもしれませんが)。文化ホールのステージはかなり高いので、舞台前面に物が置いてあると、下の方がほとんど見えなくなっていた。「せっかく前の方に座ったのに何も見えない」とストレスがたまった人も居たかもしれない。

前進座が前回上演した「さぶ」と比較すると、やはり、長編を一気に描いた「さぶ」の方に線の太さを感じた。「赤ひげ」の方は、基本的には保本の成長の物語なのだが、最後に式を挙げることになるいいなずけの存在感が薄かったり、主役以外の人物のエピソードの数が多かったりと、何となく焦点がボケたようなところもあった。この辺は、連続短編を2幕の舞台としてで描くことの難しさかもしれない。

とはいえ、先にも書いたとおり、原作を忠実に描こうという誠実な姿勢が伝わってくる気持ちの良い舞台で、爽やかな後味の残る舞台だった。この話は、ストーリー的には、理想を正直に追い求める、赤ひげ的生き方に感化される保本青年が主役である。「さぶ」の時にも感じたのだが、特に若い人が見れば、純粋に感動できる作品なのではないかと思った。

(注)後日、黒澤版の映画も見てみました。やはり、大変な名作でした。最後の長次のエピソードなど結末が違っていましたが、後半に向けてグイグイと盛り上げるエネルギーは、今回の舞台以上のものがあったかもしれません(黒澤流の脚色ともいえますが)。それと、三船さんの演技は、その後の「赤ひげ」像にとても大きな影響を与え、無視できないものとなっています。それほど、三船さんの赤ひげは、はまり役だったといえます。まだ、見ていない方は是非ご覧になって下さい。
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