煙が目にしみる
加藤健一事務所(金沢市民劇場 236)
2002/04/06 金沢市文化ホール
原案=鈴置洋孝,脚本=堤泰之,演出=久世龍之介
加藤健一,坂口芳貞,岸野幸正,松本きょうじ,岡田達也,有馬自由,長江英和,一柳みる,白木美貴子,加藤忍,平田敦子,橋本奈穂子

●お客様は神様なのです。
今回の加藤健一事務所の『煙が目にしみる』を観て、この劇団に対する信頼が益々高くなった。近年市民劇場の例会で取上げられることの多い劇団の中では、この劇団はいちばん満足度の高い劇団なのではないだろうか?それは、劇団の姿勢が「いちばんお客様寄り」であり「ひとりよがり」になっていないからである。どういう点がお客様寄りか列挙してみると・・・上演時間が短い/楽しいコメディが多い/観劇マナー向上に対する意識が高い/サイン会の実施・・・など劇団側から聴衆に「演劇を楽しく観ましょう。そのためにはこうしましょう」というメッセージが、作品全体の中から強く伝わって来るのである。昨年末、能登演劇堂と石川県立音楽堂邦楽ホールで上演された『すべて世は事もなし』とあわせて、この劇団に対して、応援してやろうと思うようになった観客はかなり増えたことだろう。

というわけで、今回の『煙が目にしみる』は、誰が見ても楽しめる作品になっていた。「お客様を楽しませる」姿勢が、この劇団の基本的な姿勢として長年継続されていることがよくわかる舞台となっていた。悲劇以上に喜劇を作るのは難しいということは、よく言われているが、「毎回楽しめる」ということだけで、加藤健一事務所の実力の高さがわかる。喜劇の場合、先日亡くなったビリー・ワイルダーの作品がそうだったように、脚本やストーリーの展開の意外性が重要である。その場限りのウケ狙いのアドリブ的なギャグは、近年のテレビのバラエティに非常に多いが、少なくとも「一つのコメディ」という時空間を充実したものにするには、よく練られた脚本が必須である。今回の作品が、テレビのバラエティの笑いとは比較にならないほど、完成度の高い雰囲気に満ちていたのは、この脚本の面白さによると思う。

聴衆と役者との距離の近さ(=一体感)も感じた。開演前に新人研修のような形で、ちょっと慣れない雰囲気の若い役者さんがマナーについての注意を、微笑ましくも面白く「お願い」するのだが、このことも、会場全体のムードを和やかなものにしていた。喜劇が盛り上がるには、こういう会場の一体感も必要だと思う。その点もうまく計算されているな、と思った。

この作品は、お葬式を扱っている点で、伊丹十三監督の『お葬式』と設定が似ていたが、ブラック・コメディにならず、健全なユーモアとハートウォーミングな雰囲気に満ちた作品になっていた点で、伊丹作品とは全然違った面白さがあった。まず、最初に2人の死人がのんびりとした雰囲気で登場し、漫才のようなやり取りをすることで、一気にお客さんをコメディの世界に引き込んでくれた(個人的には、「茶柱が立ってますな」というギャグが妙に可笑しかったですね)。

その後は、ほとんどリアルタイムで物語は進行し、面と向って言えないような本心をカトケンさん演じる超能力おばあちゃんを通じて伝えるという面白い展開になっていく。最終的には、全く関係ないと思われた2つの家族のつながりが明らかになる。そして、終盤はまさに泣き笑いの連続になる。観客は、コメディに浸りながら、次第に愛する人間に対する感謝の思いに気付き、いろいろな人間とのつながりの不思議さに感動する。ドラマの最初に出て来た蝶のイメージが最後の方のセリフの中で再現してくるという、とてもよく考えられた構成になっていた。

役者では、前述の掛け合い漫才のような幽霊役2人の演技が何といっても面白かった。カトケンさんは、前回同様脇役っぽい感じに徹していた。おばあちゃんにしては、声が良すぎるけれども、リアルな演技というより、演技をしているのをわざと見せてくれるようなサービス精神のある演技はコメディにふさわしいと思った。一柳さんの未亡人役(唯一まともなキャラクターか?)もコメディ全体を引き締めていた。

ストーリーの意外性をさらに面白くしていたのが、脇役的な登場人物のキャラクターの多彩さである。特に、弁当にこだわる痩せ型の夫と主婦的感覚な満ちた貫禄のある妻のカップルのやり取りが笑いを盛り上げていた。後半では、故人の愛人役の加藤忍さんや家を離れていたり息子が戻って来たりとだんだんと華やかになっていった。加藤忍さんは、NHKの芸術劇場の司会を担当している人だが、明るさと人を引き付ける魅力を持った良い役者さんだと思った。同じ「加藤」ということで(?)、これからの加藤健一事務所の中心的な役者さんになっていくことだろう。ドラマ全般に渡って、時々顔を出していた葬儀場の事務員も無気味だけど、とぼけた魅力を出していた。

このコメディは、笑いあり、涙ありの人情話なのに、全然しつこくないのが素晴らしい。場面転換のない限定された空間でのドラマということで、作品全体にスピード感や密度の高さがあったのも良かった。市民劇場が若いお客さんを集めたいのならば、これからは、こういう、キレの良いコメディ系の作品を多く上演していくべきだろうと思った(別に若い人に限ったことでもないと思うのですが)。
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