肝っ玉おっ母とその子供たち

劇団俳優座(金沢市民劇場235)
02/2/11 野々市町文化会館
作=ベルトルト・ブレヒト,訳=千田是也,演出=アレクサンドル・マーリン,作曲=パウル・デッサウ
栗原小巻,田中茂弘,河内浩,有馬理恵,小笠原良知,矢野和朗,石浜夕子,可知靖之,松野健一,武内亨,伊東達広,堀越大史,加藤佳男,星野元信,西川竜太郎,塩山誠司,執行佐智子,山下裕子


●北国の空にうんざり?
金沢の冬空のような暗さに満ちた雰囲気が全編に漂う長〜い作品を見るのは、正直なところかなり疲れた。栗原小巻さんは、いつもどおり、ものすごく沢山のセリフをよどみなくしゃべっており、「さすが」と思わせたがが、このセリフの多さも疲れた原因の一つである。しかも、この日は、かなりの積雪。その雰囲気に耐えられなかったのか、帰りの交通のことを考えたのか、私のまわりの座席の人達は前半だけ観て帰ってしまった。この作品のテーマの重さは伝わったものの、「うんざり」という人も多かったようである。

タイトルと内容のイメージのギャップも疲れた原因の一つではないだろうか?「肝っ玉母さん」といえば、ホームドラマ全盛期の京塚昌子さんを思い出す人が多いと思う(ちょっと古い?だけで、市民劇場会員の方の多くの人ならばわかるでしょう)。当然、そういう丸々と太った貫禄のある素朴な感じの「おっ母」が出てくると思った。しかし、栗原さんはとてもスマートだし、あまり庶民的な感じはしないし…。

ただし、ドラマの後半はもう少し変化が出てきて、ドラマティックになっていたので、帰った人にももう少し我慢してほしかったと思う。戦争を利用しないと生きていけない人々が、戦争の犠牲になってしまうという矛盾が強く表現されていたと思う。

この作品で印象に残ったのは、照明と音楽である。背景の風景は、まさに北国の空のようだった。雲が薄くなっているあたりだけ、かすかに明るくなっているような感じがドラマ全体の雰囲気と良く合っていた。ただ、この「北国の空」が作品を通してずっと続くのは、こういう空を見なれている金沢の人々にとっては「うんざり」だったかもしれない。

音楽の方は、デッサウという人が作曲したものだった。ブレヒト作品では、「三文オペラ」というクルト・ワイル作曲のオペラが有名だが、その音楽と雰囲気が似ていた。場面転換のつなぎの音楽などは、非常にドラマティックだった。ただ、この音楽は、ブレヒト自身が生きた二十世紀前半を思い出させるような、無機的で退廃的な雰囲気だった。この辺は好みが分かれただろう。ドラマの時代設定は、原作では1600年代のハズなのだが、途中から二十世紀になっていた。このデッサウの音楽の持つ、現代的な雰囲気は、二十世紀の戦争のイメージを喚起させてくれた。歌の方も、やはり、ワイルの「三文オペラ」と似たような、「しゃべり歌い」だったが、日本語で歌ったせいか、何だかよくわからない感じだった。非常に日本語が乗りにくい音楽で、上手に歌っているのか下手なのかがよくわからなかった。そのせいか、あまり迫力が伝わって来なかった。そういう歌なのかもしれないが、やはり、もう少しドラマを感じさせる歌を聞いてみたかった。

途中から荷車がジープに変わり、スロットマシーンやパラシュートが出て来たりと、時代設定が二十世紀に変わっていったが、この点についても賛否両論あったかもしれない。私は違和感を感じなかった。二十世紀は戦争の世紀と呼ばれるが、より身近な設定にすることで戦争の無意味さがより分かりやすくなっていた。後半は、パラシュートやジープが出てきたせいで、ステージの空間の使い方に変化が出てきたのも良かった。それに比べると前半はステージ上の動きが非常に単調だった。

この作品は、ブレヒトの代表作で、演出も外国人が担当していたので、「本格的」という雰囲気は漂っていたのだが、全体に何となく中途半端な印象が残った。個人的には、退廃的なムードの漂う「音楽劇」という側面をもっと強く打ち出してくれた方が強い印象を残してくれたのではないかと思う。
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