赤シャツ

劇団青年座(金沢市民劇場243)
2003/08/04 金沢市文化ホール
マキノノゾミ作;宮田慶子演出
横堀悦夫/大家仁志/野々村のん/円谷文彦/長谷川稀世/五十嵐明/桐本琢也/小柳洋子/ユーリー・ブーラフ/加藤満/蟹江一平

●苦悩する赤シャツに共感
今回は,例会に先立って行われた脚本家のマキノノゾミさんの講演会を聞いてからこの作品を見た。この講演会は非常に楽しめる内容で,一遍にこの作品に対する期待が高まった。その時の印象では,もっと軽いコメディタッチのものを予想していたのだが,見た後は,パロディといった域を越えた,内容の深さを感じた。「坊っちゃん」そのものを現代的に解き明かしたような見ごたえを感じた。

「坊っちゃん」という作品は,マキノさんも語られていたとおり,冷静に考えると坊っちゃんが勝ったのか負けたのかよく分からないようなところがある。赤シャツに卵を投げつけてスッキリしたけれども失職,という結末は勧善懲悪的だが,客観的に見ると坊っちゃんは負けている。この「赤シャツ」では,世の中から「坊っちゃん的」なものが失われていくことに対して,赤シャツの方が悔いを持っていたという終わり方になっている。原作よりも「坊っちゃん」の勝利感が前面に出ているのが大変新鮮で面白い

この2作品は「オリジナル−パロディ」という関係ではなく,2つが補完しあって一つのものを描いているように思う。結果として,坊っちゃん的生き方に対しても,赤シャツ的な生き方に対しても平等に暖かい目を注いでいることになる。原作は,「坊っちゃん」から見た世界を描いていたため,赤シャツの苦悩は全く描かれていないが(坊っちゃんの単純さではそこまで思いを馳せることはできない?),今回の作品では,赤シャツを血も涙もストレスもある現代人的な赤シャツとして見事に描いていた。考えてみれば,中間管理職的なところもある赤シャツが悩まないわけはないのである。

ドラマの前半は,各登場人物のキャラクターをそのまま生かしたコメディタッチで始まった。キャラクターを変えずに違う物語を作ろうとしている点に脚本家の腕の見せ所があり,遊びの精神を感じた。キャラクターを変えなくても無理なく納得できるストーリーになっていた点が見事だった。

登場人物については,何人か「坊っちゃん」に出てこない人が出てきたが,その配役のバランスが見事だった。赤シャツの家の使用人のうしと料亭の番頭。野だいことうらなり。鈴とマドンナ。そして,山嵐と赤シャツ。坊っちゃんがいない方がすっきりとした配役になっているような気がした。前半では,マドンナを悪女的に描いていたのが面白かった。うらなり→マドンナ→赤シャツ→鈴→山嵐,という片思いのつながりがだんだんと明らかになるのが妙に可笑しかった。

うしという存在は,「坊っちゃん」でいう清の存在に呼応する。赤シャツの相談相手的な役柄として段々と重要な役割になってきた。後半では,赤シャツの分身的な存在である赤シャツの弟も活躍する。赤シャツの内面の葛藤をこれらの人物を使って,見事に描いていた。

赤シャツは基本的に西洋趣味を持った八方美人的な近代人として描かれていた。「漱石=赤シャツ」という視点を強調していたようである。ソツなく生きているけれども心の中には空虚さがあり,坊ちゃん的な生き方に実は憧れを持っている,というのは現代人にも共通する感覚である。今回のドラマでは,赤シャツよりもさらに赤シャツ的な人物として後半新聞記者が登場していたが,これを「本当の悪役」のような感じにすることで,赤シャツの苦悩がさらに強められていた。

1幕の終わりはシューベルトの交響曲第5番の第2楽章の美しくも哀しくなるような響きで結ばれていたのが印象的だった。後半は,日露戦争という時代背景と絡んで各登場人物の内面がさらに前面に出てくる。この流れが非常にスムーズだった。基本的に「戦争反対」というメッセージがあるのだが,全く押し付けがましくなかった。後半は,赤シャツの内面のドラマを強く感じさせる堂々たる雰囲気が漂っていた。

この作品では,坊っちゃん自身は声だけの出演で,基本的に「山嵐=坊っちゃん」という感じになっていた。この点はちょっと寂しい気はした。「坊っちゃん」という原作を読んでいない人にとって,時々入るナレーションの意味はよくわからなかったかもしれない。前述の配役のバランスを見てもわかるとおり,今回の「赤シャツ」は坊っちゃんがいなくても成立するドラマだったのかもしれない。

役者は皆さん素晴らしい演技だった。というよりも,ストーリー展開を楽しんでいるうちに演技のことが全然気にならなくなった。それだけ,キャラクターにはまっており,ドラマに集中できたということである。役者の中では何と言っても赤シャツ役の横堀さんが素晴らしかった。声質が独特で,善人なのか?悪人なのか?2枚目なのか?3枚目なのか?即座に分からせないような複雑な味を持っていた。

随所に散りばめられたコメディ的なセンスも良かった。「〜ゾナモシ」を連発するロシア人役。「うし!」「モー」という受け答え。着物に着替えても赤シャツを着ている可笑しさ。講演会でのマキノさんのユーモアのある受け答えを思い出した(講演会の中で当初この作品は「泣いた赤シャツ」になるはずだった,とおっしゃられていましたが,基本的にはこれでも間違いではなかった感じですね)。

この作品を見る前に原作「坊っちゃん」を読んでみたのだが,この作品を見た後では,さらに見方が変わりそうである。原作そのものを先入観無しに読んでみると赤シャツは,それほど悪い人間ではなく真っ当な人物に感じられる(野だいこのくだらなさは変わりないが)。原作「坊っちゃん」の中から赤シャツの苦悩を鋭く読み取った脚本の素晴らしさに改めて拍手を送りたい。
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