アンネの日記

劇団民芸(金沢市民劇場 242)
2003/06/09 金沢市文化ホール
金沢市文化ホール
原作=アンネ・フランク,訳・演出=丹野郁弓,脚色=フランセス・グッドリッチ,アルバート・ハケット
出演=花村さやか/神敏将/伊藤孝雄/日色ともゑ/里居正美/奈良岡朋子/三浦威/石巻美香/中地美佐子/嶺田則夫

●爽やかな古典
「アンネの日記」といえば,古典的な名作としてよく知られているが,その反面,第2次世界大戦中のユダヤ人に迫害を扱った暗い話というイメージもある。今回上演を行なった劇団民藝についても,どちらかというと暗い作品を多く取り上げている印象があったので,見る前は何となく,気が乗らなかった。しかし,実際は,その先入観を裏切る爽やかな印象を残す素晴らしい舞台だった。

おなじみのベテラン俳優を脇役に揃え,若い役者が演じるアンネとペーターを引き立てるバランスも良かったし,作為的なところがなく,テンポ良く進んで行く展開も良かった。舞台転換はなく,人物の構成にも大きな変化はないのに全く退屈することがなかった。さすが民藝が繰り返し上演してきた作品だと思った。

ドラマの中心は当然,タイトルどおりアンネなのだが,伊藤孝雄さん演じる父親の存在感もとても大きかった。ドラマの冒頭,フランク家唯一の生き残りである父親がかつての「隠れ家」で「アンネの日記」を発見し,それを朗読しているうちに,ドラマが始まる,という導入はとても自然だった。日記が終わると,再度,この場面に戻ってくるのだが,作品全体に大きな枠がはめられらたようで,ドラマに安定感が出来た。

この作品は,いろいろな世代の人物が出てくるので,見る人はそれぞれの人物に感情移入できる。私は女の子2人の父親であるフランク氏の状況に自分を当てはめてみた。家族全員に先立たれた(特に子供に先立たれた)フランク氏は,想像を絶する悲しみを感じたことだろう。声高に叫ばなくても,自然に戦争の残酷さが伝わった。伊藤さんは理想の父親ともいうべき穏やかな役柄で,感情をたえず控え目に表現していたが,そのことが感動を高めていた。

母親役の日色さんも,市民劇場ではすっかりお馴染みである。今回の母親役ははまり役だったと思う。日色さんはNHKでかつて放送していた「大草原の小さな家」の母親役の声の吹替えを担当していたが,何となくそのような暖かみのある雰囲気があった。そういう「良いお母さん」なのに,アンネからは疎まれてしまう。思春期の娘と母の微妙な関係は,いつの時代にもあるものである。今回の「アンネの日記」は,ホームドラマとしても楽しむことができた。

その他の同居人たちはいずれも曲者揃いだった。狭い隠れ家で長く暮らしているうちに,徐々に本性をあらわし,争いが続出してくる展開は,単調な設定の中でアクセントとなっていた。特に,見栄っ張りでちょっと怖い姑(?)のような雰囲気を出していたファン・ダーン夫人役の奈良岡さんの演技が見物だった。

こういうしっかりとした,脇役の演技の中で,初々しく輝いていたのがアンネとペーターの2人である。暗い設定のドラマが非常に爽やかに感じられたのは,明るさとエネルギーを感じさせる彼らの演技による。極限的な状況の中で育まれた恋愛がうまく行くことを観客みんなが応援しているのに,それが戦争のために壊されてしまうはかなさと悲しさがドラマ後半の基調となった。それでもなお,若い世代への希望のようなものを感じさせてくれた。ペーターの部屋の上に小さい窓があるのがそれを象徴していた。若い役者のひたむきさを感じさせる演技を見ているうちに,悲しさと同時に,生きていくエネルギーの強さを感じた。

ペーター役,アンネ役はそれぞれダブルキャストだった。私が見た回のペーターは,絶えずうつむき加減でシャイだけれども,芯の強さを感じさせる雰囲気があった(何となく吉岡秀隆のような感じ?)。現代の若い男性にも通じる繊細さを感じた。

この作品では舞台の変化がなかったが,音楽の使い方も非常に限定的だった。あえて単調さを強調していたようだ。そのことによって,舞台全体から自然な空気が伝わってきた。絶えず恐怖にさらされているような緊張感がある一方で,見ていて疲れなかったのはそのことによると思う。オーソドックスな安定感の中に新鮮さと緊張感が漂う,大変完成度の高い舞台だった。
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