壁の中の妖精

木山事務所(金沢市民劇場245)
2003/11/24
野々市町文化会館
原作=ロナルド・フレーザー(長谷川四郎訳「壁に隠れて」(平凡社)から)
作・演出=福田善之,作曲=上田亨,演奏=伊藤弘一(ピアノ),細井智(ギター)

●キャスト
春風ひとみ

●一人で描くスペイン版「女の一生」
第2次世界大戦中のスペインの一家族の歴史を,たった一人の役者とシンプルな音楽だけで描いたオリジナリティあふれる作品。ちらしに書いてあった「一人ミュージカル」というコピーに偽りはなかった。

主役の春風ひとみさんが主に演じていたのは,3世代の女性だった。「幼児」「少女」「母」「妻」「娘」「祖母」など女性には年齢に応じていろいろな呼び名があるが,それらの役柄をすべて演じていたのが面白かった。もちろん対話の場面になると,男役もこなしていたが,基本的には,スペイン版「女の一生」となっていた。これを連日上演している春風さんの体力,気力には感服するだけである。

戦争時代のお話ということで,テーマ的にはかなり重い作品だったが,「一人芝居」という「身軽さ」がその辺をうまく中和していた。以前金沢市民劇場で見た「肝っ玉おっ母さんとその子どもたち」と似たような設定もあったが,この作品が重苦しくて耐え切れないようなところがあったのとは対照的だった。

それにしても,春風さんは芸達者だった。タレントのコロッケが,声色を変える時は顎の付近を中心に顔の表情まで変化させていたが,春風さんの表情の変化にもそういうところがあった。後半はじめの,父親の友人との対話の場面などでは,足を開いたり閉じたりすることで男女を演じ分けていたのも,どこか落語を見るような軽妙洒脱さがあった。

この作品のもう一つの主役は影絵だった。春風さんが出ずっぱりだとさすがに単調な雰囲気になるが,影絵が入ることで独特の詩情を出していた。特に絵として美しかったのは,娘の結婚式の跡の余情のある影絵だった。影絵自体には表情があるわけではないのに,娘と別れる父親の悲しみと喜びとが交錯する気持ちがとてもよく伝わってきた。

それに加えて,スペイン風の気分をさり気なく盛り上げるギターとピアノによる生演奏も効果的だった。戦争の生んだ不幸を描きながらも,全編に渡り詩情とユーモアと軽みが漂っていた点が素晴らしかった。

一人芝居は何もアイデアを出さないと単調なものになってしまうが,この作品は,そのことを逆手にとって,次々と普通の演劇にはないアイデアを注ぎ込んでいた。春風さんの演技力に加えて,その多彩なアイデアによって暗くなりがちな戦争のお話を軽やかに鮮やかに見せてくれた。
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