リチャード三世
文学座(金沢市民劇場244)
2003/09/29石川県立音楽堂邦楽ホール
原作=ウィリアム・シェイクスピア;訳=坪内逍遥;演出=レオン・ルービン
江守徹/清水明彦/藤堂陽子/征也かおる/外山誠二/田村勝彦/岡本正巳/山本深紅/押切英希/栗野史浩/植田真介/佐川和正/石川武/林秀樹/星智也/神野崇/城全能成/桜井章喜/横山祥ニ/上田桃子

●悪徳国王は名優
このところ,金沢市民劇場では,平幹二郎演出・主演による「冬物語」「リア王」と年1本ぐらいのペースでシェイクスピア作品が取り上げられている。そのいずれもが大変見応えのある作品だったが,今回の江守徹主演の「リチャード三世」でも平さんとは一味違ったシェイクスピア像を楽しむことができた。

この「リチャード3世」の特徴は主役が「どうみても悪人」だということである。この作品がシェイクスピア俳優の間でも特に人気があるというのは,極悪人を演じる快感を味わってみたいという欲求があるからだと思う。今回の江守さんのリチャードは,冷血な悪人というよりは現代の政治家に通じるような「口がうまく,いかがわしい役人」という感じだった。考えてみると政治家にも俳優的な要素は必要かもしれない。江守さんのセリフまわしは,そういういかさま師っぽい雰囲気にぴったりだった。この二枚舌的な口の巧さは政治家的であると同時に新興宗教の教祖の演説を聞いているような雰囲気もあった。いずれにしても,民衆を演技力と情報操作でだまし,何としても自分を国王として認めさせようという権力志向の演技には不気味さが漂っていた。

前半最後で,策略を巡らせた結果,国王に就任する場面には,現代の政治家とマスコミを風刺するような雰囲気があった。今回の「リチャード」ではビデオの大型モニターを舞台の背景上部に設置し,自分の姿を大きく拡大して見せるような演出を行っていたが,この見せ方は,マスコミによって作られた虚像というムードをとてもよく出していた。こうなってくると,「一体いつの時代の話?」ということになるのだが,ドラマの最初の部分から,テレビのモニターを一貫して使っていたので,見ているうちに,こういう時代不明の「リチャード」もありか?と次第に納得してきた。

この江守さんの演じるリチャードは,前半では,某国の総書記を思わせるような軍服っぽい服装だったが,後半では勲章などが増え,スターリン時代のソヴィエトのような雰囲気になった。前半では取り巻きの貴族たちは多国籍風(というか無国籍風)の衣装を着ていたのだが,後半では皆似たような地味な服装に変わって行った。国が全体主義国家に変わり,独裁者による恐怖政治に変わって行ったことを服装でうまく表現していた。

この服装が多国籍風だったのは,今回の舞台を戦争の絶えない世界の縮図として描いていたからだと思う。演出の根底には,世界平和への願いと全体主義国家に対する批判があったと感じた。その点で,非常に現代的なセンスを感じさせる演出だった。

さすがに人物関係はややこしく,途中で「とにかくあれこれ邪魔者を消して王になった」と勝手に省略して解釈したが,それぞれの役者はなかなか個性的だった。前半のバッキンガム公は,リチャードと二重映しのような演技をしていたのが印象的だった。この関係が,後半では一気に変化し,冷たく捨てられてしまうのもリチャードの冷酷さをよく表現していた。リチャードのせいで未亡人になった女性も何人か出てきたが,中ではいちばん年上のヨーク公未亡人の演技が,坪内逍遥のシナリオの古めかしいイメージに合っており,「怨念のかたまり」みたいな雰囲気があった。最初の方で,リチャードに口説かれるアンの方はちょっと存在感が弱かった気がする。

今回の日本語訳は坪内逍遥のものだったが,かなり大胆に変更していたようだった。著作権切れの訳を使うことによって,演出家の意図を助けるためのセリフを自由に盛り込む,という戦略だったのかもしれない。坪内逍遥は「言文一致」を主張していただけあって,明治時代の訳とはいえ,話し言葉としては違和感なく耳に入って来たと思う。

シェイクスピアの作ったストーリーは,基本的には復讐劇の形を取っていた。あまりにもリチャードに復讐したい人が多いので,続々と幽霊が出てくるのが,不気味であると同時に,「やっぱりバチがあたったな」という感じの滑稽さを感じた。このことと合わせ最後の方で突如正義の味方のような人物が外国から現れ,悪人と戦う,というパターンは「ハムレット」とよく似ていると感じた。

今回は,先ほど述べたテレビのモニターを使っていたこともあり,とても簡略なセットだった。特に背景の方にある金属製の足場が,ある時はロンドン塔になったり,ある時は政治家の登場するステージになったりと多目的に使われているのが巧かった。通常のステージとかなりの段差があったので,政治家の権力を誇示するのにも効果的だった(時々,取り巻きから沸き起こる白々しい拍手の使い方も面白かった)。

金沢市民劇場では,以前,無名塾の「リチャード三世」を見たことがあるが,その時はもっと純粋に洋風で,イギリス王室の物語という華やかさを感じた。今回の文学座公演は,無国籍風・多国籍風というのを狙っており,より大胆でメッセージ性の強いものになっていた。今回の江守さんの演じたリチャードは,自分の容貌に対するコンプレックスを悪と権力追求に向けている雰囲気を,仲代さんのリチャードよりも鮮明に出していたと思う。今回の「リチャード三世」は,時代劇特有の人間関係が特に複雑で,途中で付いて行けなくなった人はあったかもしれないが,悪の頂点を極めた後,あえなく滅んで行く悪の象徴のような国王の人間ドラマをたっぷり楽しむことができた。

PS.今回は石川県立音楽堂邦楽ホールで上演されたが,2階席でもステージに近く,なかなか見やすいホールだと思った。ロビーも広いし,たまにこのホールを使ってもらえると(歌舞伎公演には最適),新たなファン層を広げられるのではないかと感じた。私自身もそうなのだが,クラシック音楽を聴く人口と演劇を見る人口というのはかなり重なり合うところがあると思う。このホールを使うことで,新しいお客さんを開拓する可能性があるのではないかと思った。

それとこのホールの場合,駐車場が多いのが便利である。文化ホールの場合,車で出掛けるのが大変だが,金沢駅周辺には比較的安価な駐車場があるので車で来る人には喜ばれると思う。JRを利用する河北郡の人などにも喜ばれるだろう。また,演劇の後の行動を考えると,ホテルのロビーやラウンジも使え,リッチな気分に浸れるというメリットもある。というわけで,個人的には,今後もこのホールを使ってもらいたいと思った。
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