父と暮らせば

こまつ座(金沢市民劇場248)
2004/04/09 野々市町文化会館
作=井上ひさし;演出=鵜山仁
辻萬長,西尾まり

●井上作品のエッセンス満載

市民劇場では,井上ひさしの作品を数多く観てきたが,今回の「父と暮らせば」は,そのエッセンスを集めたような素晴らしい作品だった。「昭和の庶民の生活」「方言」「ヒロインを見守る幽霊」といったキーワードは,これまでの井上作品にも当てはまるものだが,「2人芝居」という切り詰められたスタイルの中で,そういった要素が洗練された形で盛り込まれていた。

加えて,この作品は非常に「泣かせる作品」だった。井上作品の中で,これだけお客さんを泣かせる作品はなかったと思う。今回は2人芝居だったので親子の情愛が非常に濃密に描かれていた。この親子関係が強く描かれれば描かれるほど,その絆が原爆によって既に引き裂かれた状態にあることの悲しさが益々募っていった。
作品のテーマは「原爆投下を後世に伝えたい」ということだった。この点が非常にストレートに表現されていたが,親子の情が丁寧に描かれた上にこのメッセージが乗っていたので,説教臭いところが全然なかった。

そのメッセージを伝える方法として,「言葉」を重視していたのも特徴的だった。今回は,場面転換がなく,古い住居の中ですべてのドラマが展開されていた。この話は娘と木下という青年との恋愛ドラマでもあったのだが,その相手役が全く顔を見せず,父娘の語りだけで進んで行った。原爆投下の場面などは,実際の状況を絵として見せるのではなく,すべて「読み聞かせ」で表現していた。父親が原爆の怖さを語る場面などには実写以上の恐さが出ていた。

こういったメッセージを抜きにしても,ドラマのストーリー展開自体も非常に巧かった。最初,ステージ上に父親が出てきた時は,誰もこの人が幽霊だとは思わなかったと思うが,何故かまんじゅうを食べなかったり,お茶を飲まなかったり...と次第に謎がわかってくるのが面白かった。各場はそれぞれ,日数を置いていたが,その間に話がポンポンと進んでいるのには「省略の美学」のようなものがあった。実際この作品の上演時間は1時間30分に満たないほどだったが,演じた2人の役者の迫力が素晴らしかったこともあり,非常に充実感があった。

辻さん,西尾さんという2人の役者さんはそれぞれ素晴らしい演技だった。2人とも戦後直後という時代の持つ空気を伝えていた。派手過ぎない雰囲気が役柄にぴったりだった。お2人とも広島の方言を巧く使っていたが,特に辻さんの方言は粗野さと暖かさに溢れ,不安に揺れる娘を見守る父親の不器用な優しさを巧く表現していた。この親子の絆が原爆によって引き裂かれたことへの悲しみと娘と木下の間に新しい絆が生まれることへの期待感がドラマの終盤に行くにつれて強くなった。

この作品は,簡潔なスタイルで,原爆の悲惨さをストレートに伝えていた。テーマ自体は重いのに,見終わった後は未来への希望を感じさせるような爽快さもあった。その爽快さは,このドラマで描かれていた親子の絆の持つ強さによると思う。「戦後直後の広島の親子」という特定の親子ではなく,普遍的な親子の情愛を感じさせてくれたところがこの作品のいちばんの素晴らしさだと思った。
inserted by FC2 system