長江:乗合い船

劇団東演(金沢市民劇場250)
2004/10/10 野々市町文化会館
作=沈虹光;訳=菱沼彬晃,演出=鈴木完一郎
山田珠真子,小高三良,古田美奈子,南保大樹,能登剛,安田扶二子

●ヒーローは突然消えるもの
市民劇場で取り上げられる作品の法則として(私が思っているだけですが)「知名度の低い役者の登場する作品は大体面白い」というのがある。今回上演された「長江」には,まさにその法則が当てはまった。知らない役者さんが多いと作品全体が地味な印象になりがちだが,今回の作品の場合,確かに地味ではあるが,どの役者さんの演技からも新鮮さと存在感を強く感じた。

その中でも,途中から家族の中に入り込んできた高船長役の小高三良さんがはまり役と言って良いほどの冴えた演技を見せてくれた。混乱していた家庭が,高船長のすべてを包み込む包容力によって次第にまとまっていく様子を味わうのは見ていて心地よいものだった。高船長のセリフは「名セリフのオンパレード」という感じでメモしておきたいくらいだった。そのセリフが説教調にならず,味わい深さとなって伝わってきたのは,高船長=小高さんの人柄の魅力による。高船長自身は数々のつらい経験をしてきた。それだからこそ言える含蓄のある言葉だった。とにかく,この方が舞台に出てくると舞台に精彩が出てきて,雰囲気が良くなった。

今回の作品は,単純に言うと,バラバラだった家族が高船長の登場によってまとまる,という話である。ヒーローが突然現れて,問題を片付け,突然立ち去るという話は西部劇をはじめとして多いが,そのヒーローが高船長のような地味なキャラクターであるところがこの作品の面白いところである。

高船長は,最初はさえない感じの3枚目風のキャラクターとして登場するが,ドラマの展開とともに次第に格好良くなっていく。最後の出番での船長の制服姿もきまっていた。高船長と方先生の二人は「喧嘩をしていても,これはうまく行く」という予感を感じさせ,実際その期待どおり展開していく。ドラマに弾みがついて,どんどん物語に引き込まれていき,ハッピー・エンドになることを皆が確信する。半分応援の気持ちも出て来る。それでいながらそれを見事にはぐらかすドラマティックで意外性のある結末が待っている。

ヒーローが突如いなくなってしまう,というのはセオリーどおりの展開ではあるのだが,その存在感があまりにも大きかったために,いなくなった時の寂しさが非常に大きかった。一人だけ事実を知らない方先生が幸せそうな,期待に満ちた表情を見せれば見せるほど哀しさが募るというコントラストも見事だった。その一方,高船長がいなくてもこの家族は大丈夫だろう,という確信が出て来たのも確かである。悲劇的結末である一方で,どこか確かな未来を感じさせる素晴らしいエンディングだった。

基本的にはメロドラマ的で,やや大げさな展開なのだが,それでも飽きないのは,やはり,いろいろな世代・性別の登場人物が出て来るためにドラマに感情移入しやすいからだろう。高先生以外の役者さんの演技もそれぞれ個性的で素晴らしかった。元気があるけれども,実は支えが必要な雰囲気のある方先生さん。のびやかなスマートさを感じさせる古田美奈子さんとの対比も良かった。若夫婦の夫役は最初は存在感が薄かったが次第に鬱屈した雰囲気が出て来た。

その他では,音響効果も控えめながら良い雰囲気を作り出していた。時々入る「ボー」という音も良い間を作っていた。ただし,若夫婦が別れる場での音楽はかなり大げさだった。ドラマの展開や起伏も激しすぎる気がしたが,これは中国的・大陸的(?)なスケールの大きさと言えるのかもしれない。

今回の「長江」は,先入観なしに演劇を見ることの楽しさを感じさせてくれるわくわくさせてくれる作品だった。
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