毒薬と老嬢

劇団NLT(金沢市民劇場247)
2004/04/09 野々市町文化会館
作=J.ケッセリング;演出=G.デール;訳=黒田絵美子
淡島千景,淡路恵子,倉石功,渋谷哲平,平松慎吾,山田登是 他

●こんなに楽しんでバチが当たりそう

「毒薬と老嬢」といえば,フランク・キャプラ監督による古典的な映画が知られているが,今回の劇団NLTによる演劇版は,それに劣らないほど完成度が高く,洗練されたコメディに仕上がっていた。コメディといっても,ブラック・コメディなのだが,シニカルなところがなく,むしろほのぼのとした暖かい後味が残る作品となっていた。その暖かさというのは,淡路さん,淡島さんの両主役の醸し出すのんびりとしたムードとそれを包み込む,NLTの役者さんのコメディ的なセンスの良さによると思う。こんなにリラックスして殺人を楽しんで良いものだろうか,と変な後ろめたさを感じるくらいだった。

この後ろめたさを無くすために,私自身,「老人問題」「安楽死問題」などと関連付けて,殺人の意味を解釈したくなったのだが,結局は「面白いものは面白い」としか言いようがないことがわかっただけだった。この作品に関しては「不道徳的」と批判することもできるだろうが,「人を食ったコメディ」として,その独創性を評価する方が正しい見方だと思う。見ているうちに,どんどん日常の生活感から離れて行き,非常にリラックスして楽しむことができた。

このコメディが不道徳的な内容を持ちながらも,どの場面を取っても,エレガントなムードを持っていたことは,「どういう題材でもコメディにできるのだ」という作者のコメディに対する自信の大きさを感じさせてくれた。そして,それに応えた役者のセンスの良さを再認識させてくれた。

この作品は,「意外性」「繰り返し」というコメディの基本を忠実に守っており,古典的な安心感も与えてくれた。絶対殺人などしそうにもない老嬢二人が平然と連続殺人をしている「意外性」。殺人をしているというのに罪悪感がないという「意外性」(ここには安楽死問題が関連する)。階段を駆け下りるたびに地下室に続く扉が開くという「繰り返し」。窓際の長椅子の中に死体を隠す作業の「繰り返し」,警察官が何回も捜査に訪れる「繰り返し」。そのうちに,その繰り返しを裏切るハプニングが起こり,ハラハラする展開に切り替って行く。こういう,小さなエピソードがうまく積み重ねられていくのを楽しむ快感もあった。

また,この作品については,かつての「8時だよ全員集合」を見るような大道具・小道具を駆使し,身体を張ってハラハラさせるような楽しさもあった。窓際の長いすの中から死体を引き出し,地下室へと運び込む辺りの”死体の演技(リズミカルに手をブラブラさせていましたね)”は,ドリフターズの世界に近いと思った。

役者の中では,何と言っても老嬢姉妹を演じた淡島千景さん,淡路恵子さんの演技が印象的だった。実は,遠くからだとどちらがどちらなのかよく分からなかったのだが,人を食ったようなテンポの遅い掛け合いは,とてもエレガントで,若い役者にはないユーモアを表現していた。どう見ても良いおばあちゃんなのに平然と殺人を行っているというギャップは,非現実的なのだが,その中に,「もしかしたらこの2人ならあるかもしれない」という毒気を一瞬感じさせてくれるところもあった。主役2人の長い役者経験から出て来る飄々としたユーモアはこのドラマ全体の基本的なムードを作っていた。

その他の役者さんたちも,コメディを多く取り上げているだけに,お客さんの喜ばせ方をよく押さえた演技だった。特に印象的だったのは,川端槇二さんの演じたとぼけた医者の演技だった。池田俊彦さん演ずるジョナサン役の狂気と好対照を成し,老嬢二人と呼応するような暖かいユーモアを出していた。倉石功さん,渋谷哲平さんといったテレビでも見かけたことのある俳優が脇役として登場していたのも,舞台を華やかなものにしていた。

舞台のセットは,レトロな雰囲気を持ったとても美しいものだった。各幕の最初はストップモーションで始まり,オルゴールの音が鳴った後,人物が動き出すのだが,このことによって,「このドラマはおとぎ話ですよ」というムードが作られていた。こういった要素が合わさって,「殺人」を扱っているのに全く血生臭くない純粋なコメディとして楽しめる仕掛けになっていた。

この作品は,「まともな人がいない家系」というのがポイントになっていたが,見ているうちに,何がまともで何がまともでないかが分からなくなってくるようなところがあった。むしろ,「まともでない人たち」の世界の方が平和なのかもしれない,と逆説的な安心感を感じてしまった。リアルな実世界には確かに問題は多いけれども,例えば,マスコミなどが「こだわれ,こだわれ」と唆しているために,「まともでない」と見なされていることも多いと思う。おとぎ話であるにせよ,殺人という重さを持った題材をコメディとして扱うことによって,私たちの心の中に巣くっている「こだわり」や「ストレス」を解きほぐしてくれるようなところがあった。「癒し系ブラックユーモア」という,独特の味を持ったこの作品は,「殺人を楽しんでバチが当たらない?」と一瞬思わせながらも,多くの人は「人生は楽しんだ方が良い」と感じたのではないだろうか?
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