素劇あゝ東京行進曲
劇団1980(金沢市民劇場255)
2005/07/18 野々市文化会館フォルテ

●スタッフ
原作=結城亮一,脚色=藤田傳,演出=関矢幸雄
●キャスト
小川美千代,澤純子,柴田義之,里村孝雄,佐藤武史,藤川一歩,加藤慎一,水口助弘,東城亜美枝,澤村壱番 他

●究極のパフォーマンス
「素劇」という聞きなれない名前の付けられた今回の作品は,非常に独創的な作品だった。演劇全体のオリジナリティという点からすると,今年のベスト作品になるような予感がする。

この作品の見所は,何と言っても黒装束の  人の団員が,黒い背景の前で白い紐と箱だけを使って,セットやら小道具やらを全部表現しながら,スピーディに展開するというパフォーマンスである。これに加え,ドラマのもう一つの主役である昭和前半から戦後に掛けての流行歌の数々をすべて役者自身の口三味線で表現していた。これもまた楽しめた。

機関誌の予告などを読んで予備知識はあったのだが,セットも音響装置も何も入らない,身体だけを使った純粋なエンターテインメントとして楽しむことができた。特にいきなり「チャカチャンチャンチャン...」と始まった前半は予想以上の凄いパフォーマンスの連続にあっけに取られてしまった(この劇団がそのまま「欽ちゃんの仮装大賞」に出れば20点満点取るのは間違いないだろう。)。特に印象に残ったのは,「汽車」「VICTORの蓄音機+ニッパー犬」「道路の平面図」「墓」などである。

昭和初期に東北地方の小さな町から都会に出てきて,歌手として一世を風靡した後,人々から忘れ去れてしまう―そういう佐藤千夜子という一人の女性の生き方がこの作品のテーマだったのだが,ドラマの前半では,そのことよりも,「素劇」の表現の多彩さとスピード感の方にばかり目が行ってしまった。このことは,悪いことではない。ドラマの最初からストーリーに一気に入り込むことができた。弁士が説明を加えながら進んでいくような展開だったので,非常に分かりやすかった。
それとリアルなセットではなく,紐と箱という「見立て」で表現されると,物語全体が洗練されて感じられた。普通,戦時中を生き抜いた女性の一代記というドラマの場合(こういうドラマは市民劇場でもいくつも見てきましたが),主役を演じている役者さんの個性がダイレクトに出てくるので,少々息苦しく,時には泥臭く感じることがある。今回の場合,そういう重さが全く無かった。これは新鮮だった。

ドラマは休憩なしで一気に上演されたので,後半になってくるとさすがに疲れてきた。ただし,この作品の場合,休憩なしで緊張感を維持したまま千夜子の一生を一気に見せることに主眼があったので,休憩なしというのはその点では良かったと思う。ドラマの途中,照明を少し明るくして雑談風の中休みを入れるなど,お客さんの疲労に対する配慮もあり,なかなか良く考えて作られているなと思った。

この作品は,昭和歌謡史が題材となっていたが,途中に出てきた物まね歌合戦のような部分もなかなか面白かった。ただし,例えば東海林太郎の物まねなどは,若い世代の人には全く通じないかもしれない。

ドラマ後半も「仮装大賞」的なペースで進むのだが,見ている方の関心は,表面的なパフォーンスの面白さよりは,ドラマそのもののに展開に中心が移っていく。千夜子を演ずる役者は3人ぐらいで分担していたが,晩年の千夜子を演じる役者さんの演技だけは,普通の演劇の役者さんの演技に近かったような気がする。ただし,見る人によっては,もう少し,情感たっぷりに千夜子のつらさ,苦しさを描いたような作品を期待していたかもしれない。しかし,今回は素劇という,大勢の人で一人の人物の人生を再構築するという手法を取っていた。栄光から挫折へという起伏に富んだ人生が,コメディタッチを交えて比較的淡々と客観的にくっきりと描かれた。そのため千夜子の内面はダイレクトには伝わりにくかったかもしれないが,これは「素劇」持ち味とも言えそうである。人物の内面を描くよりは,人間関係がきっちりと描かれていたのが面白かった。私自身,あまりに直接的に内面を表現するよりは,コメディタッチを盛り込みながら,客観的に描かれる今回のような形の方が好きである。

この作品を通じて繰り返し出てきたメッセージが「人間は人間の中でしか生きられない」というメッセージだった。これは平凡な真実であるが,1人の人物とそれを取り囲む大勢の人物を律儀に描き分けることで,その言葉がリアリティを持って伝わってきた。この作品では,特定の人物の人生を描いていたのだが,それが「人間」というより普遍的なメッセージとなって伝わってきた。大人数で力を合わせて1人の人間を表現する素劇ならではの魅力あふれる舞台だったと思う。

PS.今回の搬入・搬出係は非常に楽だったのではないかと思います。そういう意味でも(?),この劇団の再登場を期待したいと思います。
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