國語元年
こまつ座(金沢市民劇場253)
2005/04/07 金沢市文化ホール
●スタッフ
音楽:宇野誠一郎,美術:石井強司,照明:服部基,音響:深川定次,衣裳:渡辺園子,振付:謝珠栄,歌唱指導:宮本貞子,宣伝美術:安野光雅,演出助手:大江祥彦,舞台監督:加藤高,制作:井上都,高林真一,谷口泰寛

●キャスト
佐藤B作(南郷清之輔),植本潤(広沢修二郎),たかお鷹(裏辻芝亭公民),沖恂一郎(南郷重左衛門),土居裕子(南郷光),岡寛恵(御田ちよ),田根楽子(高橋たね),角問進(築館弥平),後藤浩明(江本太吉),剣幸(秋山加津),野々村のん(大竹ふみ),山本龍二(若林虎三郎)

●方言よりも家族のまとまり

かつてNHKのテレビ・ドラマとして放送され人気を集めた「國語元年」の演劇版は,井上ひさしの喜劇らしい言葉の楽しさに溢れた充実した作品だった。場面が全く変わらず,同じパターンの演技が繰り返される中,方言を交えたユーモアが次々と湧き出てくる構成はとてもよく練られていた。

ドラマの登場人物は佐藤B作と土居裕子が演ずる南郷夫妻とその使用人を中心とした一つの屋根の下に住む個性的な面々である。各場面は基本的に同じパターンの繰り返しなのだが,前半では場面ごとに闖入者が1人ずつ加わり,南郷家の同居人がどんどん増えていく構成になっていた。その同居人たちは,長州出身の南郷清之輔,薩摩出身の南郷夫人を初めとして日本全体から集まって来ているのがポイントである。日本全国の縮図を意図した人物設定となっており,全国各地の方言が乱れ飛ぶ。場が進むにつれて,京の公家,会津弁など意表を突く言葉が加わり,物語をかき乱していくのが非常に面白い(特に薩摩弁のわけの分からなさはほとんど外国語のようである)。

各場は佐藤B作の演じる南郷が帰宅し,職場での様子を報告するところから始まる。毎回毎回,名古屋出身の書生による「ひぃ,ふう,みぃ...」のカウントダウンと共に家族で記念撮影をしようとするが,そのたびに思わぬ邪魔が入り失敗する。しかし,その中で必ず新しいアイデアが出てきて,次の場へと前向きに進んでいく。

また,各場では,生ピアノ伴奏にあわせて唱歌が登場人物全員によって歌われ,物語にふくらみを持たせている。垢抜けないけれども,暖かみを感じさせるダンスが加わるのも,他の井上作品と共通する特徴である。

物語を一貫するテーマは,文部官吏である南郷清之輔に与えられた「全国共通の話し言葉」は作れるのかという難題である。このテーマがしっかり全体を貫いているので,ドタバタした喜劇にも関わらず,軸がぶれず,大きなストーリーの流れを感じさせてくれる。

この難題に対して,佐藤B作が常に前向きに立ち向かうのが気持ち良い。他人の言うことをすぐに信じる人の良さのある佐藤のキャラクターはこの役柄にぴったりだった。南郷家に次々と居候が集まってくることも十分納得できるような,人間的な魅力を感じさせてくれる演技だった。全国共通語を作るための悪戦苦闘は次第にシリアスさを増していく。観客の方は苦労する佐藤に同情してしまう一方で,次々と考え出してくる変なアイデアに対して苦笑してしまう。この泣き笑いのような感覚が井上作品の大きな魅力である。

この方言統一のために次々と出されるアイデアの基になっていたのが,すべてたかお鷹の演じる非常に怪しげな京の公家・自称国語学者の思いつきだったのも面白かった。いいかげんなことを言っているようでありながら,実は的を突いており,主人公がその言葉を信じ込んで,ドラマの進行させていくというパターンは喜劇に時々出てくる(古くは「オズの魔法使い」のオズ,新しいところでは映画「ウォーターボーイズ」の中の似非コーチなどがそうである)。今回,この役柄を演じていたたかお鷹さんの演技は最高に楽しいものだった。

それに対抗する一種敵役的なキャラクターである山本龍二さんの迫力のある演技も素晴らしかった。幕末の国内の対立の構図を山本さんを加えることで方言の食い違いとして描いていた。

もう一人,ドラマをまとめていたのが美しい山の手言葉を話す女中頭役の剣幸さんだった。いくら方言の多彩さをそのまま伝えるストーリーであるとはいえ,やはり最低限ドラマをまとめる必要がある。その言葉の面でのまとまりを作っていたのが剣さんだった。剣さんの凛とした雰囲気はドラマの核だった。

この剣さんの演技は南郷夫人役の土居さんとの対比の点でも面白かった。お姫様のような雰囲気のある軽い声質の土居さんとしっかりとした大人の女性である落ち着きのある声質の剣さんの重唱は音楽の面でのいちばんの聞き所だった。その他,各役者さんすべてが各方言代表として存在感をアピールしていたのがドラマを大きく盛り上げていた。

今回のストーリーは方言を統一するためのいろいろなアイデアを試してみては失敗する過程を描くのが中心だったが,ここで出てきたアイデアは,言葉というものを多面的に分析するための典型的な見方ばかりだった。このバランスの良さは,言葉のプロである井上さんらしく流石だとおもった。

最終的に南郷に与えられたプロジェクトは上司からの命令で中断され,方言は統一されないまま物語は終わってしまう。「統一はできなかった」という点では,南郷の努力は無駄に終わったのだが,井上ひさしのストーリーの力点は,結果よりは「統一するための努力」の方に置かれていた。同居人が一体となって旦那様の努力を何とか成功させようという様子が次第に盛り上がっていく様子は感動的だった。確かに方言をまとめることはできなかったが,南郷家自体は家族的な一体感でまとまった。プロジェクトが失敗した寂しさと同時に暖かみを感じさせるのはそのためである。

ドラマの終結部はどこか唐突な感じだったのが引っかかったが,難敵を相手に全力を尽くして戦った後の心地よい疲労感を感じた。ステージ上の役者さんと一緒に悪戦苦闘したような一体感を感じさせてくれる楽しい舞台だった。
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