遠い花:汝が名はピーチ・ブロッサム
劇団文化座(金沢市民劇場257)
●キャスト
作=八木柊一郎;演出=鈴木完一郎
●キャスト
佐々木愛,鳴海宏明,米山実,阿部敦子 他 

● 夫は何故,まきを捨てたのか?
明治時代に来日した英国軍人と平凡な日本人女性との交流を描いた悲恋のドラマ−「遠い花」は,どこか歌劇「蝶々夫人」を思い出させるような設定の作品だった。違うのは「遠い花」の方が実話に基づいている点と二人の間に生まれた息子が重要な役割を担っているという点だった。それと何と言っても,英国軍人アーサーは「蝶々夫人」のピンカートンに比べると誠実さが全く違った。「遠い花」のアーサーは,より日本人的であり,日本人の妻と一緒に一緒に暮らせないことに対して負い目を持っていた。

ただし,そのことはドラマのストーリーを分かり難くしていた。まきを「日本に居る時だけの妻」として扱いたくなかったのは分かるが,そうならば何故そうしなかったのか?そうできなかったのか?このドラマで演じられていたアーサーを見る限りでは,まき以外を愛するような感じではなかった。しかし,アーサーはヨーロッパに戻って,別の女性と結婚している。その点が最後まで理解できなかった。

アーサーとまきの間に生まれた清にとっても同様の気持ちがあったのではないだろうか。アーサーと清がフランスで再会するシーンでは,「ずっとまきのことを思っていた」というアーサーの気持ちを示す「証拠の品々」が美しく舞台いっぱいに現われ感動はしたのだが,「それなら何故?」という疑問はやはり解けなかった。

「自分の母を捨てた父と子の関係」「父に捨てられたからこそ恵まれた環境にあるのに割り切れなさを感じる息子」こういう切り口は面白かったのだが,何故まきを捨てたのかという点が説明不足だったと思う。今回,まきの出番に比べて,アーサーの出番は少なかったのだが,まきとアーサーが最後に別れた場というのを入れて欲しかった。アーサーは非常に誠実ではあったが,行動としてはそうならなかった。「そういう時代だったから」ということをなのかもしれないが,それならそういった「外圧」を強調して欲しいと思った。

という具合で,残念ながら,私自身このドラマに完全に浸ることはできなかった。特に前半は退屈だった。この作品は,セットも簡潔で,照明も落ち着いた感じだったので,三高に進学した清が友人とはしゃいでるシーンが突如出てきたりすると,非常に場違いな感じがした。見ている方としてはかえって覚めてしまった。この部分は,清の人生の一つのクライマックスであり,後から振り返ると重要な場面だったのだが,この部分だけ唐突に浮き上がっているように見えた。

女性の一代記で過去を振り返るパターンというのもよくあるので,そういう意味でも新鮮味は薄かった。ただし,後半,リラックスした演技を見せてくれた「お姉さん(?)」役が出てきた辺りからは,ドラマがしっくりとしてきた。これは,まきを演じていた佐々木愛さんの実年齢と役柄の年齢とが近くなってきたこともあると思う。

後半になって登場してきたアーサー役の鳴海宏明さんも,大らかな包容力を感じさせる演技だった。まきを愛していながら英国を捨てきれない弱さも感じさせてくれ,素晴らしかった。父親に対して「こだわり」を持つ清役の米山実さんの演技も切れ味の良さと発散するエネルギーをストレートに感じさせるものだったので,息子と父の再会の場が感動的に盛り上がった。対決から和解への推移はこの作品のいちばんの見所だった。それだけに,前述のとおり「なぜ,妻と息子を捨てたのか?」の謎がますます気になった。
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