明石原人:ある夫婦の物語
劇団民藝(金沢市民劇場第268回例会)
●スタッフ
作:小幡欣治,演出:丹野郁弓,装置:松井るみ,照明:秤屋和久,衣裳:前田文子,音楽:武田弘一郎,効果:岩田直行,舞台監督:中島裕一郎

●キャスト
千葉茂則/日色ともゑ/藤巻るも/南風洋子/高橋征郎/細川ひさよ/中地美佐子/高野 大/伊藤孝雄/境 賢一/角谷栄次/竹内照夫/仙北谷和子/箕浦康子/今泉 悠/齊藤尊史/大森民生/相葉早苗/河村理恵子/北田浩之

2007年10月14日野々市町文化会館

変わる信夫と変わらない音

劇団民藝による「明石原人」は,タイトルからして,一体どういう内容のドラマなのか観る前は全く予想がつかなかったが,期待を上回る面白い作品だった。ストーリー展開,役者の演技,舞台装置のどこをとっても新鮮だったのに加え,ドラマ全体から前向きのメッセージが伝わってきたのが良かった。

そのメッセージとは,真理を追究するために一生を掛けて学問に取り組むことの素晴らしさである。そして,そのためには,家族をはじめとした,自分を支える色々な人の力が不可欠になる,ということが描かれていた。結局,「明石原人:ある夫婦の物語」というタイトルそのまんまの話だと実感した。

先に「面白い」と書いたが,こういう熱いメッセージを持ちつつも,それがあまり強く出すぎることはなく,ドラマの展開自体のスリリングさをまず感じた。「旧石器時代の人骨」という題材自体になじみが少ないこともあり,あの骨は一体どうなっていくのだろう?といった点にサスペンスを感じ,内容を考える前に,純粋に「面白い」と感じることができた。これは,お馴染みの民藝のベテランの役者さんの演技力によるところが大きいが,やはり,脚本・演出が優れていたからだろう。

まず,11歳年上の姉さん女房であることに加え,師弟関係であるという夫婦の設定が面白かった(これはどう見ても旦那さんは奥さんに頭が上がらないはず。そして,その期待どおりの展開)。この出会いの部分のちょっとドタバタした雰囲気が,お客さんをドラマに集中させてくれた。この部分をはじめ,当初故南風洋子さんが演じるはずだった箕浦康子さんのおばあさん役がコメディアンぶりを発揮しており,ドラマを大いに盛り上げていた。今回の箕浦さんの演技を見ながら,南風さんの面影を追った人も多かったことだろう。

ドラマが進むうちに信夫を演じる千葉茂則さんの方が髭などを生やして立派げになっていくのも面白かった。このことは,学歴のなさを包み隠すためのコンプレックスも表現し,このドラマのもう一つのテーマである学歴と研究活動との関係につながる。途中,伊藤孝雄さんが演じる東大教授役が登場するが,このキャラクターも印象的だった。報道ステーションのコメンテータを思わせる知的で誠実な風貌で,学問的にも人間的にも信頼が置けるけれども,ちょっと線の細さを見せる辺り,まさにはまり役だった。

時代が戦後に移り,信夫同様に在野の研究者でありながら世紀の発見をした相沢忠洋と直良信夫とが出会う場面になる。このシーンは,事実ではなく想像によるものとのことだが,これも印象的だった。どんどん研究者らしくなり,威厳を持ってくる信夫が,自分の原点=明石海岸に立ち戻った瞬間を鮮やかに描いていた。

そして,大学から博士号を授与された最後のシーンである。ここでは妻・音との静かな時間となる。音は,直良が活躍を支える中で少しずつ体を悪くする。最終的には目が不自由になり車椅子での生活になっていたが,その精神の持ち方は明石時代から全く変わりはない。どんどん成長していく信夫と全くブレのない音の対比が印象的だった。日色さんの演技は,過去,金沢市民劇場で何回も見たことがあるが,そのたびに,若々しさを失っていないことに感激する。今回の音役でも,結婚した当初の凛とした雰囲気を最後の場までそのまま維持していたが,これは,役者としての日色さんの生き方そのものと重なり合う気がした。

舞台装置もとても良かった。戦前から戦後まで,いろいろな土地を巡るような物語の場合,リアルな舞台装置を用意することは大変だが,今回はかなり抽象化された変幻自在の装置でうまく処理していた。中途半端に写実的な装置を使うよりは,現代的なシャープな感覚も感じさせてくれたので,効果的だったと思う。

以上のように,今回の作品は,一見地味な題材を扱っていながら,飽きさせずに最後までに見させてくれる工夫に満ちた魅力的な作品となっていた。そして,最終的には最初に書いたとおり,「研究でもしてみるかな?」と思わせてくれた。今年の金沢市民劇場のラインナップは,充実した作品が続いているが,その中でも特に好感度の高い作品だったと思う。(2007/12/02掲載)
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