紙屋町さくらホテル
こまつ座(金沢市民劇場264)
2007年2月7日 金沢市文化ホール
●スタッフ
原作=井上ひさし,演出=鵜山仁
●キャスト
辻萬長(長谷川清),中川安奈(神宮淳子),木場勝己(丸山定夫),森奈みはる(園井恵子),久保酎吉(大島輝彦)
栗田桃子(熊田正子),河野洋一郎(針生武夫),前田涼子(浦沢玲子),大原康裕(戸倉八郎)

井上作品の集大成!

こまつ座の「紙屋町さくらホテル」は、劇作家・井上ひさしの演劇観が鮮明に表れた、彼のこれまでの作品の集大成的な作品だった。太平洋戦争中の庶民の生活を生の歌と踊りを交えて描いているという点では「きらめく星座」に連なるが、この作品では、劇中劇のリハーサルをする部分が筋の中心だったので「雪やこんこん」にも似た部分もあった。ドラマ全体としては、戦後の巣鴨プリズンから戦時中を降り返るような堅固な額縁構造になっていたのも特徴だった。そこでは、戦争の責任問題にも言及しており、大変に見ごたえのある内容となっていた。

特に面白かったのはさくら隊の広島での上演までのリハーサルの過程である。最初は、乗り気ではなかった門外漢の警官までが演劇の魅力に取り付かれてしまう辺りにこの作品の最大の面白さがあった。「役者は何の役に立つのか?」「それは、何でもなれるから」といった、メモに取りたくなるような含蓄のあるセリフの連続だったが、その言葉を裏付けるように、戦時中の不自由な時代に演劇に熱中していく庶民の姿が描かれていた。このこと自体が、役者と演劇に対する最高のオマージュとなっていたと思う。

後半の「あわや」というような場面で、地味だけれども知性のある登場人物(井上さんの分身?)が、静かに、しかし確信に満ちて「真理」を語るシーンが出てきたが、これは「きらめく星座」に出てきたパターンで、井上ファンにとっては「待ってました」というような部分だった。今回の「否定語は世界中どこでもN音」という説明もさすが井上さんと思わせる内容で、ドラマのクライマックスを見事に作っていた。

登場人物の中では、実は天皇の密使という元海軍大将長谷川清という存在が物語の核となっていた。この長谷川に対立する陸軍の密偵の針生との争いが鋭い緊迫感をもたらしていた。全体がコメディタッチの展開だったので、その緊迫感が鮮やかに浮き上がっていた。2〜3時間という限られた時間の中に、海軍と陸軍の対立という当時の日本軍の状況を象徴的に盛り込み、さらに登場人物の中に日系二世の女性も加えることで、さらに立体的に当時の複雑な世相を反映していた。

もう一つの核は、名優の丸山定夫の役だった。役者の役という難しい役柄だったが、木場さんの演技は、これぞプロという気分を出しており、ドラマを引っ張るもう一つのエンジンとなっていた。この劇中劇のリハーサルの部分に出てきたエピソードはどれも楽しかったが、宝塚風の演技、築地小劇場風の練習法などが次々とパロディ的に演じられるあたりは、「日本近代演劇小史」という雰囲気があり、面白かった。

このように、かなり盛り沢山の内容だったのだが、それが散漫にならず、逆にそれぞれの登場人物の歩いてきた人生の重さが明らかになり、リアルになってくる点が素晴らしかった。天皇の密使という国全体の将来を動かすような役割を持った長谷川の苦悩も印象的だったが、教え子を戦争で失った言語学者の悲しみは、それを超えるような重みがあった。戦争というものは、個々人の感情を押しつぶし、国全体の方針に塗りつぶしてしまう非情なものなのだという戦争のむごさがリアルに表現されていた。そのリアルさを実現していたのは、適材適所としか言いようのないキャスティングの良さである。特に核となる役柄だった辻さん、木場さん、中川さんの3人の演技が印象的だった。この作品は、演劇に対するオマージュと書いたが、それに相応しいアンサンブルの良さを見せてくれた。

この作品は、演劇の上演に向けた弾んだ気分を持った部分と戦時中という現実的な重みを持ったシリアスな部分とが立体的に交錯した大変見ごたえのある作品となっていた。コメディタッチの部分が弾めば弾むほど、回顧シーンでの「あの頃は楽しかったですなぁ」という言葉が感動を持って響いてくるような作品だった。

PS.「無法松の一生」を見てみたくなりました。
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