足摺岬
俳優座(金沢市民劇場272)
2008年6月1日 野々市文化会館フォルテ
●スタッフ
原作=田宮虎彦,脚色=堀江安夫,演出=袋正

●キャスト
浜田寅彦、遠藤剛、渡辺聡、蔵本康文、来路史圃、斎藤深雪、平田朝音、若井なおみ、荒木真有美、中井澤亮(劇団ひまわり)、松田佳祐


しっかりと波長が合ってしまった!

「しっかりと波長が合ってしまった!」俳優座の「足摺岬」の前半を観終わった後,瞬間的にそう思った。日本文学の名作の演劇化ということで,観る前は,「文学的な香りは漂っていても,あまり面白くないかも?」と,それほど期待はしていなかったのだが,「自殺願望を描いた作品にこんなに合ってしまって良いのだろうか?」思うほどに波長が合ってしまった。そして,後半を見終わって,「原作も名作だが,今回の芝居も名作だ」と確信した。

田宮虎彦の原作については,重い長編小説のような印象を持っていたのだが,今回初めて読んでみて,非常に簡潔に書かれた短編だと分かった。つまり,今回の俳優座の舞台は,原作のストーリーに枝葉を加え,イメージを膨らませたもの,ということになる。自殺願望のある大学生が主役の話ということで,ドラマの核には常に緊張感に満ちた雰囲気があるのだが,その周りに味のある脇役たちのエピソードを加えることで,演劇的な膨らみを持った立体感のある作品に仕上がっていた。

この作品にひかれた理由の一つは,テーマである。古臭い作品を予想していたのだが,「自分の居場所の分からない若者の自分探し」というテーマは,豊かさの中で自殺者が絶えない現代社会と共通する。主人公・間宮役を演じた渡辺聡さんの真摯な演技を見ながら,作品の持つテーマの普遍性を感じた。

今回のドラマでは,「生きるには一つ理由があれば良い」というセリフがキーワードだったと思う。間宮は,たまたま宿泊することになった宿の娘・八重との交流を通じて,さりげない人間同志の触れ合いの中に「生きる理由」を見つけていく。結果から見ると,八重の存在が間宮を救った形になるが,それほど単純な展開ではない。間宮と八重を取り囲む老遍路,薬売り,女主人といった周辺の人物たちの含蓄のある言葉の積み重ねの全てが間宮を支えたのである。

彼らは皆,辛い経験に満ちた人生を送ってきた年輩者であり,それぞれ心の中に傷を持っている。それを乗り越えて生きてこられたのは,やはり,何か生きていく理由が一つでもあったからである。そういう彼らの中に居たからこそ,間宮は救われたのである。ドラマの冒頭は,暴風雨のシーンだったが,偶然,一つの宿に泊まり合わせた人たちが,それに立ち向かうシーンは,人生そのものの象徴に思えた。時にいがみ合いながらも,お互いが心を通わすことによって,各人が他の人の生きていく理由になっているような気がした。

このテーマとは別に,ドラマの展開自身も非常にスリリングだった。全体のトーンは暗いのだが,ストーリーの流れが良いので全くもたれることはなかった。途中で冒頭の嵐のシーンが全く同じ形で繰り返される構造になっていたが,これも独特だった。その意図は,実はよく分からなかったのだが,ドラマが重層的に盛り上がった気がした。

舞台装置も工夫されており,密室的な空間ながら,奥行きと立体感を感じさせてくれた。舞台の中央上部に常に四角いスクリーンのようなものが斜めに掛かっていたが,これも効果的だった。ある時は不安感,ある時は希望,とドラマの内容をさりげなく象徴しており,ドラマの抽象性を高めていた。泥臭くなりがちな内容をすっきりと見せていたのは,このセットの力もあると思った。

過去の俳優座作品では,前回見た藤沢周平原作による「きょうの雨,あしたの風」も素晴らしかったが,今回もまた日本の小説が原作の作品で見事な舞台を見せてくれた。宿の中のシーンでの藤沢作品に通じるような人間の機微を感じながら,「やっぱり翻訳ものよりもしっくりくるなぁ」と実感した。これは観ている私の方が変化したからかもしれないが,俳優座による和風作品にこれからも期待したいと思う。
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