天国までの百マイル
文化座(金沢市民劇場270)
2008年2月3日 野々市文化会館フォルテ
●スタッフ
原作=浅田次郎,演出=原田一樹

●キャスト
佐々木愛,米山実,有賀ひとみ 他


文化座の新境地

市民劇場の会員にとって,「劇団文化座といえば鈴木光枝さん」という印象が強かったのではないだろうか?鈴木さんが昨年の5月に亡くなられた後,初めて金沢で上演された文化座作品「天国までの百マイル」からは,これまでの文化座作品の印象とは少し違った雰囲気が感じられた。それは否定的な意味ではなく,「これからの文化座は一味違う!」という今後に対する期待を抱かせてくれるものだった。

今回の作品は,浅田次郎の原作の持つメロドラマ的で親しみやすい気分を残しながらも,非常にすっきりとした感じにまとまっていたのが良かった。原作は時系列に沿って物語は進むが,今回の舞台では,原作の中盤辺りから始まり,過去を振り返りながら進むという形を取っていた。セットが非常にシンプルだったこともあり,時空間がパッパッと切り替わる,テンポの良さがあった。ストーリー展開も説明的でなく,接続詞がなくてもすっきりつながっている文章を読むような快適さがあった。この少しドライで立体的な構成が,甘くなり過ぎるのを抑えていた。これがとても巧いと思った。

今回は原作を読んでから見たのだが,その雰囲気が巧く舞台化されているのも良かった。舞台装置をはじめ,全体の雰囲気はとても地味だったのだが,それだからこそ,佐々木愛さんが演じたマリ役が明るく輝いていた。

原作との違いは,重病患者を自分で運転するワゴン車で運ぶというロード・ムービー的要素が少なかった点である。ただし,この過程を舞台で詳細に描こうとするとそれだけで時間が足りなくなってしまうだろう。今回のように,過程を省略し,後半に曽我医師がスーパー・ヒーローのように鮮やかに登場するような構成も悪くないと思った。この後半の海辺の場では,ドラマの展開を象徴し,登場人物の気持ちの開放感を表現するかのように,背景に夕焼けが気持ち良く大きく広がった。シンプルな舞台を逆手に取った見事な演出だったと思う。

前半の物語は,どこか映画「東京物語」を思わせるようなところがあった。年老いた親とその4人の子供の話なのだが,血のつながった子供よりは,義理の娘の方が親身になるというパターンは,リアリティのある設定なのかもしれない。

役者さんでは,佐々木愛さんが,ちょっと泥臭いけれでも,人情味があり,一種「天使」のようなキャラクター水島マリ役を見事に演じていた。主人公の城所安男役の米山実さんの雰囲気も,マリに「哀愁がある」と思わせる,「くたびれたイイ男」ぶりにぴったりだった。後半に出てくる「頼れる医師」曽我とのコントラストも面白かった。

作品全体の基調を作る素材としては,ドラマの中の随所で使われていた「500マイル」の力も大きかった。この曲の持つ哀愁のある美しさは,ドラマ全体としてのまとまりの良さを高めていた。

ストレートでシンプルで,それでいてしっかり泣かせてくれるまとまりの良い作品ということで,文化座の新境地を感じさせる見事な作品だったと思う。
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